第32話 巫長の占い

 次の日には、後宮内でこんな噂が広がっていた。


「ねぇねぇ、聞いた? 三ノ妃様の話!」

「聞いたわよ! ご懐妊されて、妃になったんでしょ?」

「一ノ妃様の女官になったばかりの子じゃなかった? どこで見初められたのかしら?」

「もし男の子だったら、一躍ご世継ぎの母親よね」


 みんな噂好きだなあ。


 まあ、誰が噂を流したかは大体検討がつくけどね。


 私は彩鈴さんの悪戯っぽい顔を頭の中に思い浮かべた。


 噂をより完璧にするために、私は女官長を呼び出した。


「どういたしましたか?」


 私に呼び出されて、不思議そうな顔をする女官長様。


 私は勿体ぶった顔をしてこう切り出した。


「実は、占いをしたいので巫女を呼んでいただきたいんです」


「占い……ですか」


「ええ、実は私、お腹に陛下の子供がいるのだけれど、これから産まれてくる子供が男の子か女の子か知りたいのです」


 私が言うと、女官長は心底びっくりしたように目を見開いた。


「まあ! それは確かに占わなくてはいけませんね」


「ええ、そうでしょう? 何しろ国の一大事ですもの」


 私が言うと、女官長は深々と頭を下げた。


「それにしてもおめでたい事で。陛下もさぞお喜びでしょう」


 こうして私は、妃として巫長を呼び出すことにした。


「三ノ妃様、巫長様と静殿がいらっしゃいました」


 女官の声で顔を上げる。


「どうぞ、入ってくださいな」


 私は、笑顔を作り巫長を迎え入れた。


「まあまあ、お久しぶりです。あなたから女官考試を受けたいと聞いた時も驚きましたが、まさか妃になっているだなんて、本当にこの世の中は分からないものですね」


「ええ、私も驚いております」


 私は巫長と静の腕をチラリと見た。


 巫長の腕にも静の腕にも三本の傷はない。


 ということは、あの大蛇を操っていたのはこの二人ではないの?


 となると誰が犯人なのだろう。


 他に巫術を使える人――。


 考えたけれど、特に思い当たる人は見つからなかった。


 そこから少し談笑した後、私たちの話は本題に入った。


「それで今日は占いをしたいということでしたが、どのようなことを占いましょうか?」


「ええ、それなのですが」


 私は小さく咳払いをして声を潜めた。


「まだ安定期に入って居ないので公にはしていないのですが、私のお腹には陛下のやや子が宿っております」


「まあまあ! それはそれはおめでたい事にございます」


「それで、今日はこのお腹のやや子が皇太子なのか姫なのか、占ってほしいのです。私も巫力を持っていますが、自分のことは占えないので」


「ええ、お安い御用ですわ。静」


 巫長の声に、静が前に進み出る。


「はい」


 相変わらずの色白の細面に泣きぼくろ。

 美人ではあるのだけれど、その表情は固く、何を考えているのか全く読めない。


「まあ、時期炎巫候補の静に占ってもらえるだなんて光栄だわ」


 私は精一杯の笑顔を作った後でふと気づく。


 あ、そういえば静って占いの的中率が高いのだったわ。


 子供がいないことがバレたらまずいかもしれない。


 私がはらはらしながら占いの結果を待っていると、静はカシャリと占いに使う竹棒をまとめた。


「――出ましたわ。お腹のお子は、ご世継ぎである男の子です」


 えっ。


 喉の先まで出かけた驚きの言葉をぐっと飲みこむ。


「まあ、そうなんですか!」


 あれ? 妊娠が嘘だってことはバレてない。


 まあでも、占いってそんなに細かい所までは出ないから仕方ないのかな。


「でも注意してください。三ノ妃はどなたかに恨みを買っております。このままだと、皇太子殿下のご命も危ないかもしれません」


「そ、そんな」


 私はわざとらしく口を顔で覆ってみせた。


「念のためにお守りを差し上げますわ」


 そう言って、静は一枚の巻物を取り出した。


 あっ、この掛け軸は。


 間違いない。前回の生で一ノ妃を襲おうとした邪龍の掛け軸だわ。


「この掛け軸が邪気を祓ってくれるはずです」


 私は平静を装って頭を下げた。


「まあ、ありがとう。大切にするわ」


「それでは私たち、これで失礼しますわ」


 頭を下げる巫長と静。


「ええ、今日はありがとうございます」


 去り際に、私はさりげなく巫長と静の腕を確認した。


 二人の腕には三本の傷は無い。


 あれっ。どういう事だろう。一ノ妃を大蛇を使い襲ったのはこの二人じゃないの?


 私がじっと掛け軸を見つめていると、先ほどまで部屋の隅でじっとしていた天翼がこちらへやってくる。


『明琳、この掛け軸』


「うん、分かってる」


 そうだった。まずはこの掛け軸に取り憑いた邪龍を退治しないと。


 私は壁にかけた掛け軸ににじり寄った。


 掛け軸からはどす黒い負の気配が漂ってくる。


 やがてその気配は黒い霧となり、怪しく赤い目を光らせる龍の姿となった。


「ガアッ!」


 鋭い龍の爪がこちらヘ襲いかかってくる。


「――散!」


 私が御札を貼ると、黒い煙はきらきらと輝く光の粒になって天井の方へと消えていった。


「ふう」


 私は額の汗をぬぐった。


 これで、邪龍の悪影響を受ける人は居なくなった。


『良くやったな、明琳』


「うん、ありがと」


 天翼に笑顔を向けた後、私はじっと考え込んでしまった。


 邪龍は退治した。だけど――巫長と静が術者じゃないとしたら、いったい犯人は誰なのだろう。


 ***


「三ノ妃様、もうすぐ観花の宴が始まりますよ」


 女官が戸の向こうから催促する。


「え、ええ。今行くわ」


 私は重たい晴装束を翻し、急いで中庭へと向かった。


 今日は皇帝陛下や妃たちの集う観花会の日。


 前回の生では女官という立場での観花の宴だったけれど、今回は妃として出席するだなんて変な感じ。


 私が鏡に向かっていると、髪の毛を整えていた女官がじっと私の顔を見つめてくる。


「どうしたの?」


 不思議に思い聞いてみると、女官は桃の花のように頬を赤らめた。


「いえ……三ノ妃様があんまりお美しいので、少し見入ってしまいました」


「そう? ありがとう」


 私は姿見で自分の姿を見た。


 確かに、おしろいを施し、眉を書いて、紅を引いた自分は、普段の私じゃないみたい。


 心労で少し痩せたせいか少し大人っぽく見えるし。


 自分で言うのもおこがましいけど、故郷にいるお姉様に少し似ている気もする。


 お姉様、元気かな……。


 私がしんみりしていると、女官が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「三ノ妃様?」


「あ、いえ、何でもないわ。行きましょう」


 私が微笑むと、女官は元気にうなずいた。


「はい」


 私は着物の袖を翻し、観花会の会場へと向かった。

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