第三章 明琳、女官になる
第8話 三回目の巫宮
そんなわけで、私は三回目の巫宮にやってきた。
「あの、私、
おさげの少女が頭を下げる。
梅梅と合うのも三回目だわ。
感慨深く思いながら、私も笑顔を作り、頭を下げた。
「はじめまして。紅明琳です。これからよろしくね」
「よろしくです!」
私は梅梅と挨拶を交わすと、図書房で借りてきた本で机に置いた。
「きゃっ、地震!」
と、ここで前回でもあった地震が起こった。
「梅梅、こっちへ」
私は冷静に梅梅の腕を引っ張り、棚の倒れてくる方向とは逆方向へと引き寄せた。
大きな音を立てて倒れる棚。
「わあ」
梅梅が落ちてきた棚を見て目を丸くする。
「怪我はない?」
私が尋ねると、梅梅はこくんと頷いた。
「私は大丈夫です。ありがとうございます明琳」
「いえ、私は別に」
良かった。前回は私も尻もちをついてしばらくお尻が痛かったけど、今回は早めに動いたお陰か特に痛いところはないみたい。
そこへ部屋の戸が開き、静が入ってきた。
「あなたたち、何をどたばたと騒いでいるの?」
腕を組み、冷たい瞳で見つめる静。
私はごくりとつばを飲み込むと、慌てて笑顔を作った。
「ごめんなさい、地震で棚が倒れてきて」
静は小さく舌打ちをする。
「あのねえ、地震なんてこの辺じゃよくあることでしょ。それをそんなにどたばたと騒がないでよね」
「ごめんなさい、地震があったので」
私は前回と同じように答えた。
静は不満そうに私たちを睨む。
「私たちとは炎巫候補として選ばれし巫女、そこいらの凡人とは違うのよ。これしきで焦らないでちょうだい」
「ええ、これからは大人しくするわ」
私と梅梅が頭を下げると、静はふんと鼻を鳴らした。
「ま、せいぜい気をつけてよね」
部屋から去ろうとする静。
私は慌てて静を呼び寄せた。
「あ、待って!」
「何?」
眉間に皺を寄せて振り返る静。
私は笑顔を作って言った。
「私、紅明琳。あなた、緋静さんよね?」
「ええ、そうだけど」
素っ気なく返事をする静。
私は続けた。
「せっかく隣の部屋同士になったのだから、私たち仲良くしない? どこ出身?」
私の言葉に、静はふんと鼻で笑った。
「私は仲良しごっこをするためにここに来ているわけではないわ。私には炎巫になるという使命があるの。それじゃ」
大きな音を立てて戸を閉める静。
あちゃあ、前と違う展開に持っていこうとしたのだけれど、失敗したみたい。
せめて静と仲良くなれば、もう少し情報を集められると思っていたのに。
まあ、仕方ないか。次の手を探ろう。
私がぽりぽりと頭をかいていると、梅梅が頬を膨らませた。
「何あれ感じ悪いです」
「しょうがないわ。静の意見の方が正しいもの。私たちは炎巫の座を巡って争う者同士だもの」
私が言うと、梅梅は潤んだ瞳で私を見つめてきた。
「明琳は大人ですね」
「そうかしら」
「私はもし自分が炎巫になれなかったら、静みたいな人よりも明琳に炎巫になってほしいです。気も合うし、初めてあった気がしないです!」
「初めて会った気がしない」か。
そりゃあ私たち、過去の人生でもう何回も出会っているんだもの。
私は少し冷や汗をかきながら答えた。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
私は梅梅にそう返事をすると、自分の机に戻った。
これからの行動について、頬杖をついて考える。
前回は、成績でも予言の的中率でも一位だったのに炎巫に選ばれなかった。
もしかして、巫女長は静とぐるになっていて、わざと私を炎巫に選ばなかったのかしら。
となると、少しやり方を変える必要があるかもしれない。
幸いにも、二回も同じ内容を勉強したので、ほとんどのことは勉強せずとも頭に入ってる。
とりあえず、今回は勉強はほどほどにして、巫長と静についてもっと調べてみることにした方がいいかもしれない。
私は書房から借りてきた人物帳を開いた。
ここには、巫宮に勤めるほとんどの巫女の情報が細かに示されている。
えーっと、巫長は……あった。
私は巫長の情報が書かれている頁をじっと見つめた。
巫長の
結婚はしておらず独身なのね。
長い艶のある黒髪で体型も細くて、若いころは相当な美人だったと思われるのに、不思議だわ。
十代のころは、女官として後宮に勤めていたのだけれど、後宮で彼女の占いが話題となり、後に巫力の強さを見込まれ巫宮入りしたのだという。
赤髪ではなく黒髪なので炎巫候補にはならなかったが、その巫力の強さや占いの的中率、雨乞いの精度を見込まれ巫長にまで上り詰めた実力者だ。
次に静。
静は北部の湖水地方から巫女候補としてやってきた女の子で、歳は私より一つ年上の十八歳。
だけれど、過去の人生で二度に渡り炎巫に選ばれたこと以外は、地方出身ということもあり、情報はほとんどない。
「うーん」
私は紙に書いた二人の情報を見比べて低く唸った。
この二人が怪しいと睨んだものの、情報があまりにも少なく、このままでは動きようがない。
残る手がかりは、大蛇を使って一ノ妃を襲った犯人くらいかな。
私は書房から借りてきた妖魔に関する本を手に取った。
「大蛇……蛇の妖魔は……」
探すと、水属性の妖魔の欄に大蛇の項目があった。
本によると、蛇は頭が良く龍に近い高等妖魔で飼い慣らすのは困難らしい。
しかも水属性だから炎を操る私との相性も悪い。
とりあえず特訓して、妖魔を確実に倒せるようにしておかないと。
私は紙をじっと見つめて考えた。
このままいくと、前二回の人生と同じように私は処刑されてしまう。
とりあえず、それだけは回避してなんとか一つでも多く情報を集めないと。
私は梅梅が日課の散歩に出かけたのを確かめると、小さく呼びかけた。
「天翼」
『何だ』
赤い光とともに天翼が現れる。
「やり直しって、今回が最後じゃないわよね?」
私が尋ねると、天翼は小さくうなずいた。
『ああ。私の巫力の限界もあるが――あと数回は生まれ直しができると思う』
「そう。ありがとう」
それなら――。
考えた末、私はある決断をした。
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