第7話 二度目の巫女選抜
「占いは終わりましたか?」
部屋の外で控えていた巫長が中に入ってくる。
「は、はいっ」
私が慌てて姿勢を正すと、一ノ妃が柔らかく微笑んだ。
「ええ。良いことを聞けたわ。占い通り、外出は取りやめて、巫女様の言う通りに家で大人しく過ごすことに決めました」
一ノ妃の答えに、巫長は満面の笑みでうなずいた。
「ええ、それが良いでしょう。何せこの子の占いは当たるので」
巫長は私の肩に手を置いて誇らしげに言った。
「良くやったわ、明琳」
私は苦笑いをして汗を拭った。
「あ、ありがとうございます」
ふう、何とか危機を乗り切ったわ。
これで一ノ妃も文仙廟に行かないだろうから大蛇に襲われて怪我を負うこともないし、私も処刑を免れるはず。
あとは考試を精一杯頑張って炎巫に選ばれるだけ。
そして運命の炎巫選定の日がやってきた。
「皆の者、静粛に。今から新しい炎巫の発表をする」
前回と同じように、臙脂色の服を着た官吏が声を張り上げる。
私は期待に胸を膨らませ、官吏とその横にいる巫長に目をやった。
大丈夫。考試でもほとんどの部門で静の成績を上回ったし、巫長にも褒められたもの。
きっと今回こそは炎巫に選ばれるに違いないわ。
「新しい巫女は――」
官吏が巻物をバサリと広げる。
お願い。今度こそ、私を炎巫に選んで!
私は手を合わせて祈った。
だけど――。
そこに書かれていた文字は「
えっ、嘘。
目の前が真っ白になる。
「新しい炎巫は――緋静に決まった!!」
告げる官吏の声に、巫女たちの歓声が上がる。
巫女は静……。
私じゃ……ない!?
あんなに頑張ったのに。
前回と違って成績だって一位だったし、今度こそ、選ばれると思っていたのに。
一体どうして?
成績で一位になるだけだは駄目だということなの?
どうしよう、これじゃあまた家族や国が酷い目に合う運命になってしまう。
「おめでとう、緋静!」
「すごいわ!!」
巫女候補生たちが、長い緋色の髪に切れ長の目の美少女、静を取り囲む。
「どういうことなの、天翼」
尋ねようとしたけれど、天翼の姿は無い。
もう、いつも肝心な時に居ないんだから。
……でもまてよ。
今回は炎巫にこそなれなかったけど、さすがに処刑まではされないわよね。
だって一ノ妃は、文仙廟には行かず、後宮に居たはずだもの。
それなら大蛇に襲われることはないはず。
故郷の家族も、罪人の家族として肩身の狭い思いをしなくても済むはずだわ。
そう思っていると、大きな音を立てて巫宮の扉が開いた。
「――紅明琳はいるか!」
ビクリと背中に緊張が走る。
ま、まさか――。
「は、はい、紅明琳は私ですけど……」
恐る恐る手を挙げると、三人の兵士が重い足音を鳴らしてこちらへ走ってきた。
「紅明琳――貴様を、宮廷からの命により、一ノ妃を暗殺しようとした罪により捕らえることとする!」
えっ、嘘。どうして。
一ノ妃は私の占いに従い、文仙廟に行くのを取りやめたはず。
それなのに、一ノ妃が襲われる運命は回避できなかったの?
「待ってください。これは何かの間違いです! 私は――」
だけど、私の言葉は聞き届けられることなく――私は投獄され、その数週間後、衆人環視の中、処刑された。
***
気がつくと、私は再びあの白い石床の部屋にいた。
「二周目の人生お疲れ様、明琳」
天翼が前回と同じように、部屋にぽつんとある椅子から立ち上がる。
冷静な顔で私を見る天翼に、私は無性に腹が立った。
いいえ――腹が立つのは天翼に対してじゃない。自分自身に対してだ。
何もできず、何一つ運命を変えられなかった自分自身に、私は腹が立って仕方がなかった。
「ごめんなさい」
頭を下げる私に、天翼が不思議そうな顔をする。
「なぜ謝る」
「だって、また炎巫になれなかったから――」
はらはらと、目から涙がこぼれ落ちる。
悔しくてたまらない。
「私、今回も炎巫になれなかった。どうしてだろう。あんなに頑張ったのに」
成績も首席だったし、今回は選ばれると思っていたのに。
だけれど、炎巫に選ばれなかったどころか、一ノ妃が襲われる運命も、処刑の運命も回避できなかった。
一体どうして?
天翼は、顎に手を当て少し考えた後、低い声で言った。
「考えられるのは、炎巫は成績で決まるというわけではないということだな」
「それってどういうこと?」
「本来ならば、新しい炎巫は先代の炎巫が占って決めるものだ。だが、今回は先代の炎巫はもうすでに亡くなっていて、代わりに決めるのは――」
「巫長様だけど」
私が言うと、天翼は神妙な顔で頷いた。
「ではひょっとしたら、何者かがお前を巫女にしないように巫長に働きかけているのかもしれん」
巫長様が?
私は改めて一ノ妃を占った時のことを思い出した。
確かに、一度目の生でも二度目の生でも、一ノ妃様の占いが終わった時、巫長は
占いの結果も聞いているし、巫長ならば一ノ妃の行き先をがどこであれ大蛇に襲わせ、私に罪を被せることができる。
炎巫に静を選んだのも巫長だし――。
でも、何のために?
何のために一ノ妃を狙い、私に罪を着せ、静を炎巫にするの?
本物の巫女が炎巫にならなくては、国が滅びてしまうかもしれないのに――。
胸にもやもやが残る。
「私、どうすればいいの?」
私が尋ねると、天翼は静かにうなずいた。
「明琳にはすまないが、もう一度人生をやり直してもらうしかない」
冷たい瞳で天翼は告げる。
「そっか」
私はうつむいた。
まあ、仕方ないよね。またやり直すしかない。
「私には他にもやるべきことがある。明琳に付きっきりにはなれないが、できる限り助力はする。やってくれるか?」
天翼の言葉に、私は静かに頷いた。
「うん、分かった。私、もう一回人生をやり直してみる」
こうなったら、炎巫になれるまで人生をやり直してみるしかない。
そうしない事には、私の気も晴れないもの。
ただし、今のままでは分からないことが多すぎる。
――次の生まれ直しでは、やり方を少し変えてみる必要があるかもしれない。
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