第25話 明琳、拘束される

「来い、貴様を拘束する!」


 ええっ!?


 一体、どういうこと?


「ちょっと待ってください。この子が何をしたって言うんですか!」


 彩鈴さんが役人に食ってかかる。


 役人は、狼のように鋭い目付きで彩鈴さんを睨みつけた。


「この者は掛け軸に呪いをかけ、一ノ妃を暗殺しようとした罪に問われている! 早く来い!」


 嘘っ。


 呆気に取られている隙にも、私は両手を拘束され、暗い地下楼へと連れてこられた。


「あの、これはどういう事です?」


 やっとこさ口を開くと、牢屋番の役人がフンと鼻で笑う。


「どういう事かは己の胸に聞いてみるがよろしい」


 いや、そんなこと言われても分からないから聞いているのだけれど。


 だけれど何も詳しい説明をしないまま、牢屋番の兵士はどこかへ去ってしまった。


「天翼、天翼」


 私は必死で天翼に呼びかけてみた。

 けれど返事はない。


 他に頼れる人と言えば――。


「白狐!」


 呼びかけると、すぐに返事があった。


「はい、どうしましたか、ご主人様」


 心配そうな顔で出てくる白狐。


 私は事のあらましを説明した。


「――という訳なんだけど、どうして私が疑われているのか探ってくれない?」


「分かりました!」


 ポンという音とともに、白狐が消える。


 私は冷たい岩壁に背中を持たれかけた。


 どういうことだろう。


 もしかして、巫長と右大臣との密会を見ていたことがばれて、それであらぬ疑いをかけられたのかしら。


 でも、あの二人にばれた様子は無かったし、あと他にその事を知っている人と言えば――。


 まさか、誠羽さん?


 誠羽さんが巫長側の人間だったとすれば辻褄は合うけど……。


 私は誠羽さんの気さくな笑顔を思い出した。


 誠羽さん、そんなに悪い人には見えないけどな。


「ただ今戻りました!」


 そんなことを考えている間にも、白狐が戻ってくる。


「どうだった。何か分かった?」


「いえ、特には分かりませんでした。ただ、明琳様だけでなく梅梅という巫女も捕らえられたようで――」


「えっ?」


 どうして梅梅が?


 頭が真っ白になる。


 白狐が説明してくれたところによると、梅梅は、怪しげな妖術を操る女官――つまり私と共謀し、一ノ妃に呪いをかけ流産するようにしむけた罪に問われているらしい。


「しかも話によると、一ノ妃に文仙廟に行くように占ったのも梅梅という巫女らしく――」


 白狐が呑気な口調で説明してくれる。


 そんな馬鹿な。


 つまり白狐によると、私が巫宮を去った後、元々私が一ノ妃を占う運命だったのが梅梅が一ノ妃を占う運命に変わってしまったらしい。


 だとしたら――私のせいで梅梅の運命が変わり処刑されてしまうということになる。


 本当なら一度目の考試で脱落してそれからは普通の生活を送るはずだったのに、私が運命を変えてしまったばっかりに――。


「こうしちゃいられないわ」


 私は勢いよく立ち上がった。


「どうするんです?」


 白狐が聞いてくる。


 私は答えた。


「決まってるでしょ。梅梅を助けなきゃ!」


 私はこの牢獄を抜け出し、梅梅を助けだすことにした。


 ***


 カチャリ。


 白狐に鍵を開けてもらい、こっそりと岩楼を抜け出す。


 どうやら、建物の外には牢屋番がいるけど、廊下には今のところいないみたい。


 梅梅はどこにいるのだろう。


 あてもなく牢屋の中を歩いていると、声が聞こえた。


「その声、もしかして明琳ですか!?」


「えっ」


 牢屋の中にいたのは、探していた梅梅だった。


「梅梅、どうしてここに?」


 私はすぐに鉄格子に飛びついた。


「実は私、静が巫女なのはおかしいと思って色々探ってたのです。そしたら一ノ妃を襲った疑いをかけられてこんなところに――」


 梅梅がうつむきながらいう。


 まさか、梅梅も静が巫女だってことを疑っていただなんて!


「でも、どうして静が偽の巫女だと思ったの?」


 私が尋ねると、梅梅は目を吊り上げ、憤慨したようにこう言った。


「簡単なことです。あの子、髪を染めていたんです!」


 ええっ、静が髪を染めていた?


「ええ、私が髪を染め直そうと深夜にお風呂場に向かったら――」


「えっ、ちょっと待って。梅梅も髪を染めていたの?」


「えへへ、実はそうなんです」


 照れたように頭を搔く梅梅。


 実は梅梅、雨乞いの儀式が得意で全国各地を回って人助けをしていたのだという。


 そこで炎巫になって困っている人の生活を助けたいという気持ちが強くなり、元々黒だった髪を染めてまで炎巫の試験を受けに来たらしい。


「でも染め粉の効果は短くて、定期的に染め直すために誰もいない時間にお風呂に行っていたんですけど、そこでちょうど静が髪を染め直している場面に出会って」


「そうだったのね」


 静が髪を染めていた。


 これは静が巫女では無いという大きな証拠だわ。


「とりあえず、ここから出ましょう。鍵なら開けてあげるから」


「ありがとう」


 二人で牢屋から抜け出す。


私たちは息を殺しながら薄暗い通路を進んだ。


「見張りがいるわ」


「私に任せて――白狐」


「あいよ!」


 白狐はニヤリと笑みを浮かべると、ポンと音を立て巨大な大きな影へと変化した。


「守衛さん、守衛さん」


 白狐の呼ぶ声に、守衛が振り向く。


「ん? 何だ」


 と、目の前に現れた黒い影を見て顔が真っ青になる。


「うわあああ……なんだお前は! ばっ、化け物!」


 守衛は慌てて持っていた槍を振り回す。


「今の隙に行きましょう」


「ええ」


 私と梅梅はその隙にこっそりと建物から抜け出した。


 さて、牢から抜け出したのは良いものの、一体どこへ行けば良いのだろう。


 困っていると、ぐらぐらと地面が揺れた。

 最近、地震が頻繁に起こっていて慣れてきたと思っていたけれど、今度のはかなり大きい。


 大地が怒りを示すかのようにうねり、立っていられないほどだ。


「地震だ、大きいぞ!」

「みんな、避難しろ!」


 見ると、門兵や官吏も職務を放って次から次へと門へ押し寄せている。


 それだけじゃない。地震の影響で門や壁の一部が崩れており、そこからも何人も避難しているのが見えた。


「丁度いいですね、あそこに紛れて逃げましょう」


 梅梅が崩れた城壁を指さす。だけど――。


「梅梅、あなたは一人で逃げて」


 私は首を横に振った。


「どうしてですか、明琳。一緒に逃げましょう!」


 悲痛な声で叫ぶ梅梅。


「いえ」


 私は静かな声で言った。


「私にはまだ、やらなくてはいけないことがあるの」


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