第26話 意外な人物

 梅梅が城の人間に紛れて脱出している隙に、私はある場所へと向かった。


 どうせ私は処刑される運命。


 それならば、処刑される前に一ノ妃に直々にお会いして、今分かっていることを全て打ち明けよう。


 今の事態を打開するにはもうそれしかない。


 この国を動かす、再重要人物の居る場所へ。


 私が息を切らしながら後宮へと向かっていると、急に腕をぐいと引っ張られた。


「――ここで何をしているの」


 振り返ると、腕を掴んでいたのは彩鈴だった。


「あ、彩鈴さん」


 彩鈴さんは私の顔を見て無言でうなずくと、強引に腕を引っ張った。


「何をしてるの、こんな所にいたら見つかるわよ」


 彩鈴さんは私を誰もいない場所へ引っ張っていくと予備の女官衣を着せ、小声で囁いた。


「一ノ妃様なら、お忍びで外に避難してらしているわ。行きましょう。一ノ妃様なら何とかしてくださるかも」


「は、はい。でもどうして――」


 私が戸惑っていると、彩鈴さんは腰に手を当てて呆れたような顔をした。


「だってあんたが暗殺なんて企てるわけないもの。何かの間違いでしょ。待ってて、絶対に外に逃がすから」


「彩鈴さん……」


 私、彩鈴さんのこと誤解してたかも。


 私は彩鈴さんと一緒に、一ノ妃様が避難しているという別邸へと向かった。


 ここは一ノ妃様と血縁関係にある左大臣の別邸で、関係者しか知らない秘密の場所なのだそうだ。


「一ノ妃様、例のかたをお連れしましたよ」


 彩鈴さんが声をかけると、中から佳蓉様が飛び出してきた。


「明琳!」


 涙の滲んだかおで強く私に抱きついてくる佳蓉様。


「佳蓉様。ご無事で何よりです」


 私は佳蓉様をきつく抱きしめた後、当たりを見回した。


「ところで一ノ妃様は大丈夫ですか? 今どこにいらっしゃいます?」


「お母様ならあっちよ」


 佳蓉様に引っ張られて廊下を歩く。


「あ、ここだわ。お母様!」


 佳蓉様は、一つの部屋の前で立ち止まると、思い切りよく戸を開いた。


「お母様!」


 はっと顔を上げる一ノ妃様。


「明琳、無事だったのですね」


 そして部屋の中には、一ノ妃様の他に一人の身なりのいい男性がいた。


「おや」


 男の人がゆっくりと振り向き、私は息を飲んだ。


「誠羽さん?」


 一ノ妃様の横にいたのは、いつもの宦官の官服ではなく豪華な衣装を着込んだ誠羽さんだった。


「この姿で会うのは初めてだったな、明琳」


 誠羽さんが意地悪そうに口の端を上げて笑う。


「この姿って……」


 私が訳が分からず困惑していると、一ノ妃が慌てたような口調で言った。


「普通の女官はお目にかかれないから、分からないのも無理はないわね。この方は皇帝陛下よ、明琳」


 ええっ、誠羽さんが……皇帝陛下!?


 私は頭が真っ白になりつつも、すぐさま膝をついて頭を下げた。


「申し訳ございません。皇帝陛下のとは知らず、とんだご無礼を……!」


「いや、よい。こちらも身分を隠していたしな」


 でも誠羽さんが皇帝陛下なら、味方につけられたらこれ以上心強いことはない。


 これは良いことだわ。事態を好転させられるかも。


「あのっ、皇帝陛下、これは何かの間違いです。私も一ノ妃も、ノ妃に呪いをかけようだなんて……」


 必死に説明をした私の言葉を、ぴしゃりと皇帝陛下は遮った。


「そんなことは分かっておる」


「分かっているのであれば……!」


 だけれど皇帝陛下は静かに首を横に振った。


「……分かっておるが、今の余の力ではどうしようもないのだ。まつりごとの実権は、ほとんど右大臣が握っているようなものであるし」


「そんな……」


「逆らえば余も殺されるであろうな。余の兄上と同じように。せめて今回の件に右大臣が関与しているという確固たる証拠でもあれば別だが――」


 その言葉に、一ノ妃様も顔を下げた。


 まさか皇帝陛下にもどうにもできないだなんて、それじゃあ一体どうすれば良いの!?


 そこへ、バタバタと足音がして、大量の兵士たちが部屋へ押し寄せてきた。


「ここです、妖術を使う妖しい女官がいるのは!」


 兵士たちの後ろから入ってきてこちらを指さしたのは女官長だった。


「女官長様!?」


 まさか女官長様まで右大臣とぐるになっていただなんて。


「彩鈴、あんたが怪しげな行動をしていたからこっそり後をつけさせてもらったよ」


 女官長様は彩鈴さんを睨みつけると、兵士に命令した。


「何をぼうっとしておる。この女官も捕らえなさい。罪人を逃がして一ノ妃様や皇帝陛下を襲わせようとした大罪人だよ」


 女官長様の言葉に、彩鈴さんが兵士に捕らえられてしまう。


「お怪我はありませんでしたか、皇帝陛下、一ノ妃様」


 低い声とともに入ってきたのは右大臣だ。


「右大臣……」


 皇帝陛下が低い声で呟く。


「ご安心ください、皇帝陛下。陛下に盾突く者は私が全員処刑しますよ」


 そう言って、右大臣は高笑いをする。

 女官長もその横でくすくすと笑った。


 私はというとら放心状態のまま捕らえられ、そして再び処刑されたのでした。


 ***


「またここに戻ってきてしまったな」


 天翼の声で目を覚ます。


 見ると、見慣れた白いあの空間だ。


「私、また死んじゃったんだ」


 がっくりと肩を落とす。


 だけど今回は、得た情報が多かった。


 梅梅のこと、右大臣と巫長のこと。彩鈴さんと女官長。誰が敵で誰が味方なのか。それに誠羽さん――皇帝陛下のこと。


 今回知ったことを上手く使えば、次こそは運命を変えられるかもしれない。


 私がそんなことを考えていると、天翼が急に渋い顔をした。


「そのことなのだが……どうやら次のやり直しが最後になるかもしれん」


「えっ、最後?」


 一体どうして?


「最近、俺の力がかなり弱まってきている。偽の巫女が立ち続けているからだ」


「そんな……」


「だから明琳、次こそは確実に巫女にらなれ。頼んだぞ」


「う、うん!」


 次こそは――絶対!


 決意をして、私の人生最後のやり直しが始まった。


 

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