第七章 最後のやり直し
第27話 最後のやり直し
「明琳、起きなさい!」
お母様の声で目を覚ます。
いつもと同じ始まりの日。違うのは、これで最後のやり直しだということ。
私はがばりとお母様に抱きついた。
「あらあら、どうしたの? この子は」
お母様が優しく頭を撫でてくれる。
「ううん、何でもない」
私は涙を拭い頭を横に振った。
弱気になっている暇なんていない。
優しいお父さんお母さんに、綺麗な姉。
私は私の大好きな人たちの笑顔を守らなきゃ。
そして私はいつものように炎巫候補として王都へと向かった。
「こんにちは。遠いところから遥々疲れたでしょう」
水色の巫女服を着た、にこやかな中年女性に出迎えられる。巫長だ。
私は感情を押し殺し、何も知らないふりをして巫長に挨拶をした。
「こんにちは、巫長。今日からよろしくお願いします」
今回こそは、あなたの悪行を暴いてみせるわ。
私の心の中には静かな炎が燃えていた。
図書房でしばらく書物を読み、部屋へ戻ると見慣れたお下げ髪の少女がいた。
「こんにちは。もしかして、同室のかたですか?」
私が声をかけると、おさげの少女はゆっくりと振り返った。
「あの、私、
「はい、私は紅明琳。梅梅……さんとは同じ部屋なの。よろしくね」
「よろしくお願いします」
編み込んだ髪を弄りながら、下を向いて恥ずかしそうに挨拶する梅梅。
梅梅、相変わらず引っ込み思案で可愛いな。
部屋に荷物を置いたところでいつものように地震が起こる。
「梅梅、危ない」
私は右手を伸ばし、グッと片手で梅梅の体を引き寄せた。
梅梅の小さな体が私の腕の中にすっぽり収まる。
梅梅は、先程まで自分が立っていた場所に棚が落ちてくるのを見て顔を青くした。
「梅梅、大丈夫? 怪我はない?」
私が尋ねると、梅梅はぽっと頬を赤らめて頭を下げた。
「え、ええ。ありがとうございますです!」
「あなたたち、何をどたばたと騒いでいるの」
そこへ部屋の戸が開き、泣きぼくろに長身の巫女――静が入ってきた。
「地震で棚が倒れてきて」
梅梅が答えると、静は小さく舌打ちをした。
「あのねえ、地震なんてこの辺じゃよくあることでしょ。それをそんなにどたばたと騒がないでよね」
明らかにムッとした様子の梅梅を制止し、私はにっこり笑って答えた。
「ええそうね、ごめんなさい。以後気をつけるわ」
私が頭を下げると、静はふんと鼻を鳴らして部屋から去っていった。
「ま、せいぜい気をつけてよね」
大きな音を立て、戸を閉めて去っていく静。
その後ろ姿を見送ると、梅梅はつぶやいた。
「何あれ、感じ悪いです」
そう漏らす梅梅の頭を、私はぽんぽんと撫でた。
「気持ちは分かるけど、そう言わずに、ここで一緒に過ごす大切な仲間なのだから仲良くしましょう」
「は、はい……明琳がそう言うのなら」
私は梅梅の顔をちらりと見た。
前回の生では、梅梅が静の正体に気づいていた。
この時点では、梅梅は何も知らなそうだけど――。
一体いつ梅梅は静の正体に気づくのだろうか?
疑問に思いつつも、私はとりあえず巫長と右大臣の情報を集めながら時を待つことにした。
筆記試験、実技試験ともに受かるギリギリの成績で過ごし、巫長に目をつけられないように静かに過ごす。
そして今回も、私は前回と同じように途中で巫女を辞め、女官になる道を選んだ。
『大丈夫なのか。本当にそれで炎巫になれるのか?』
天翼が現れて渋い顔をする。
天翼の力も限界なのか、最近はあまり姿を見せない。だけど――。
「ええ。分からないけど、頑張ってみる」
私はゴクリと唾を飲み込みながら答えた。
ここ数回の人生のやり直しで、段々と炎巫の座を巡る裏の事情は分かってきた。
巫長や静だけでなく右大臣が絡んでいるのだろうということも。
だけれど――もっと確固たる証拠を集めないといけない。
私はそう決意して巫宮を離れた。
前回と同じように、雨雨飯店に宿を取り、女官考試に備えて勉強をする。
とはいえ、前回、女官考試はそれほど難しくないと分かったので、今回は街を歩き回って情報収集をすることにした。
向かったのは、髪を染める染め粉を扱うあの店だ。
「……こんにちは」
薄暗い店の引き戸をゆっくりと開ける。
「何の用だい?」
しばらくして、しゃがれ声の老婆が奥から出てきた。
「何の用だい?」
「あの、髪を染めたいんですが、染め粉はありますか?」
「何色に染めたいんだい?」
「えっと、黒で……それと」
私は思い切って切り出した。
「髪を赤く染めたいって、定期的に買いに来るお客さんっていますか?」
「んー、そりゃあまあ、いることにはいるね」
「その中で、緋静っていう子はいませんでした? 私と同じくらいの年で、背が高くて色白で美人な子……目元に泣きぼくろがあります」
「さあねぇ、そんな子いたかね」
老婆が答える。
そうだよね。そんな、お客さん一人一人のことを覚えている分けな――。
と、ここで老婆は思い出したようにこう言った。
「……ああ、お客さん、それはもしかして、
陽静?
苗字は違うけれど、背が高くて泣きぼくろがあるのなら間違いなく静だろう。
静、偽名を使っていたんだ。
「そうそう、その子です!」
「確か隣国の
私は唾をゴクリと飲みこむと、慌てて頭を下げた。
「ええ、その子のことはよく知っています。ありがとうございます」
静――緋静じゃなくて陽静って名前だったんだ。
陽といえば、巫長の姓も確か陽だわ。
苗字が同じということは、何か関係があるのかしら。
それに、この国じゃなくて隣国の冬北国の出身だなんて。
外国人も赤髪じゃない子も、炎巫にはなれない。
このまま静が炎巫になったら国が大変なことになるわ。
絶対に止めなきゃ。
私は拳を強く握りしめた。
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