第21話 花の宴

「ほほう、この者が、かの有名な白蘭か」


 皇帝陛下が感慨深げな声を出す。


 私もじっと白蘭さんの顔を見つめていると、横に天翼が現れ、不意に声をかけられた。


『明琳』


 (な、何なの天翼、今は大事な宴の最中なのに!)


 大勢の人がいる所で天翼が話しかけてくるのは珍しい。


 いくら他の人には見えないからって、こんなに堂々と話しかけられると戸惑ってしまう。


 天翼は何食わぬ顔で続ける。


『あの女――白蘭とかいったか? あいつ、大丈夫か?』


 (へっ?)


『あの女官、何かに憑かれてないか?』


 天翼の指摘に、まじまじと白蘭さんの顔を見ると、確かにやせ細っていて顔色が悪い。それに――。


 (言われてみれば、微かにだけど妖気を感じるかも)


 まさか……どうして彼女が? いったい何に憑かれているの?


 私が小声で天翼と会話をしていると、不意に皇帝陛下がこんな話をしだした。


「そういえば、最近はそこにいる一ノ妃の女官も物語をするのだと聞いたが」


「ええ、そうなんです。妖怪変化の話が得意で。ねっ、明華」


「は、はいっ!?」


 一ノ妃様に突然話を振られてビクリとする。


「あ、あの、私のは物語というか、昔読んだ書物とか人から聞いた話がほとんどで……」


 私が返事をすると、皇帝陛下は小さく頷いた。


「聞くに、そなたは巫女考試も受けたとか。後でその話も詳しく聞きたいものだ」


「は、はい」


 私が頭を下げ、恐縮していると、皇帝陛下がこんなことを言い出した。


「そうだ。この場にせっかく物語名人が二人もいるのだから、物語対決でもしてはどうか?」


 え……ええっ!?


 何それ。私が物語名人だなんて、そんなのただの設定なのに。


「まあ、良いですわね」


 戸惑う私をよそに、一ノ妃様は嬉しそうに頷いた。


「とても面白そうだわ」


 二ノ妃様も同意する。


「ねえ、白蘭。やってみたらどうかしら?」


 二ノ妃様が白蘭さんの背中を叩くと、白蘭さんは青白い顔でうなずいた。


「え、ええ」


 どうやら白蘭さんも、あまり乗り気ではないみたい。


 でも皇帝陛下のせっかくの提案を断れるはずもなく、私たちは「物語対決」を始めることとなった。


 対決は、私と白蘭さんが交互に三つ話をし、どちらが面白かったか皇帝陛下が決めるという方式。


「それでは、先行は白蘭」


「はい」


 服の裾を握りしめながら、白蘭さんは話し始めた。


 白蘭さんの話は、継母に虐げられた少女が皇帝に見初められるお話。


 少女の健気さに胸を打たれる出世物語だ。


「なるほど。では次」


「はい」


 続いて私が話したのは、寺の住職に化ける狸のお話。


「なるほど。続いて白蘭」


「はい」


 その後、私も白蘭さんもそれぞれ一つづつ物語を披露し、いよいよ物語対決はそれぞれ最後の一話を残すのみとなった。


 最後は何の話をしようかしら。

 私が考えを巡らせていると、皇帝陛下が大きなため息をついた。


「――物語自慢と聞いていたが、二人ともその程度なのか?」


 私たち二人は、言葉を失って下を向いた。


 皇帝陛下の言わんとすることも分かる。


 さっきから、白蘭さんの語る物語は以前後宮で読んだことのある物ばかり。


 そして私の話も、幼い頃に読んだ妖怪の話や、巫女術のお師匠様に教わった話ばかり。


 学の深い皇帝陛下にとっては、きっとどの話もご存知のものばかりなのだわ。


「よし決めた。二人とも、三話目は即興で話を作ること。誰も聞いた事のない話をするのだ」


 皇帝陛下が静かな声で告げる。


 ええっ!?


 そんな。即興で話を作らなくちゃならないなんて。


 私が戸惑っていると、隣から天翼の声がした。


『明琳、大丈夫だ。今から俺の知っている物語を話す。明琳はそれをそのまま話してくれればいいから』


 なるほど、その手があったわね。


 さすが天翼だわ。天翼なら、私の知らない物語をたくさん知っていそう。


 私が胸を撫で下ろしていると、先行の白蘭さんがゆっくりと息を吸い込み、話し始めた。


「これは、私がまだ誰にも話したことのない物語にございます。それは、ある雪の降る朝のこと――」


 白蘭さんが話し始めたのは『物語る琵琶』の物語。


 内容としては、ある雪の降る朝、一人の少女が、御屋敷の前で上等な琵琶を発見する。


 門番に聞くと、その琵琶は夜な夜な一人で語り出し、不気味なので捨てられたのだという。


 不思議に思いつつも、上等なものなので、もったいなく思った少女は琵琶を持ち帰る。

 すると琵琶は夜な夜な物語をつむぎ始めて――。


「――そうして、貧しかった少女は物語の才を認められ、女官になったのでした」


 白蘭さんの物語に、皆は自然と拍手をする。


 凄い。こんな物語を即興で作れるだなんてらさすがは白蘭さんだわ。

 

「では次、明琳」


「は、はいっ」


 私はしゃんと背筋を伸ばすと、天翼に聞いた通りに話し始めた。


「ある晩、一人の少年の夢に、赤毛の男の子が出てきました。赤毛の少年の名前は天翼――」


 天翼が話してくれたのは、天翼ととある少年の出会いと冒険の物語だった。

 私が天翼の言う通りに話していると、急に皇帝陛下が低い声を出した。


「――もうよい」


 へっ。もうよいって、どういうこと?


 私があっけに取られていると、皇帝陛下は御簾の奥でこう言った。


「余は即興で話を作れと言ったはずだ。だが、余はこの話をすでに知っている」


 えっ?


 どういう事なの、天翼!


 慌てて天翼の方を見るけれど、天翼は無表情に皇帝陛下のほうを見つめている。


「――お主、この話は一体誰から聞いたのだ?」


 皇帝陛下の低い声。


「この話は――」


 私は観念し、額を地面に着つけ頭を下げた。


「……申し訳ありません。この話は、私が天翼本人から聞いたものです」


「天翼から? そんなはずはない。彼はもう――」


 皇帝陛下は首を小さくふると、こう言った。


「……ともかく、本日の物語対決は、白蘭の勝ちとする」


 わあっ、と二ノ妃様とその女官たちが声を上げる。


 そしてしばらくお花見とご馳走様を楽しんだ後、観花会は終了となった。


「お疲れ様、良かったわよ」


 一ノ妃様が気を落とさないようにと背中を叩きながら褒めてくださる。


「いえ、私の力が足りず、申し訳ありませんでした」


 頭を下げながらも、私はぼんやりとこんなことを考えていた。


 ……皇帝陛下、ひょっとして天翼のことをご存知なの?

 

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