第12話 女官考試

 そうこうしているうちに本殿につき、私は一ノ妃様と二回目のお祈りを済ませた。


「一ノ妃様は何をお祈りしたのですか?」


 私が尋ねると、一ノ妃様は少女のように可憐な笑顔で微笑んだ。


「うふふ、内緒」


 まあ、お祈りの内容は他人に言わないほうが叶うと言うしね。


 私が一人で納得していると、一ノ妃様は本殿の横にある黒い瓶のようなものを指さした。


「ねぇ明琳、ここの占いはもう試した?」


「占いですか?」


「ええ、よく当たるって評判なのよ」


 そう言って、一ノ妃様は瓶の中から表が赤、裏が黒になっている二つの丸い石を取りだした。


「この石を、ここからあの池の中の島に投げるの。投げて、二つとも赤なら願いは叶う、一つなら、困難だけど叶う。黒なら叶わないっていうことらしいわ」


「そうなんですね」


 私は試しに池に向かって石を投げてみた。


「えいっ!」


 二つの石は池の中の島で真っ赤な面を上にして止まった。


 えっと、赤が二つとも上だと願いが叶う……だっけ。


 ということは、私は炎巫になってみんなを救えるということかしら。


 本当だったら嬉しいな。


「すごい。すごいわ、明琳」


 自分のことのように喜んでくれる一ノ妃様。


「次は私ね」


 一ノ妃様は「えいっ」と可愛らしい声を上げ、石を投げた。


 だけど二つの石は島に届く手前で大きな音を立て池に落ちてしまった。


「ああっ!」


「大丈夫よ明琳。この占いは何度でも挑戦していいの」


 一ノ妃様は次の石を拾い上げる。


「今度こそ……えいっ」


 大きく手を振りかぶる一ノ妃


 ポトンポトン。


 今度は石がきちんと島に乗った。結果は赤と黒。


「もう一回やるわ」


「ええつ、赤黒なら良いんじゃないですか?」


「私、赤赤を出すまで諦めないわ」


 一ノ妃は、さっきより大きく腕をふりかぶる。


「ええいっ!」


 ポトン。


 すると石は、二つとも赤の面を上にして落ちた。


「やったあ!」

「やりましたね!」


 手を取り合ってぴょんぴょんと飛び、喜んだ後、一ノ妃様ははっと我に返り顔を赤くした。


「あら、ごめんなさい、私ったら」


 やんごとない身分の方なのに、何だかとっても気さくで可愛らしい方だなあ。


 後宮に潜入して一ノ妃様を狙う人の正体を探ったり、偽巫女の証拠を集めるっていう目的はもちろんあるんだけど……。


 私は一ノ妃様の顔をちらりと見た。


 なんだか私、この人の元で仕えたいという気持ちが強くなってしまったみたい。


 女官考試、どうか受かりますように。


 私は心の中で再度祈った。


 ***


 女官考試の日。


 私は試験会場となっている役場へ足を踏み入れた。


 急な募集だったにも関わらず試験会場には多くの女官志望者たちでごったがえしていた。


 あとから聞くと、この日は五百人ほどの女性が一次の筆記試験を受けていたらしい。


 こんなにたくさん女官志望がいるだなんてびっくりだわ。受かるかな……。


 不安になりながらも試験が始まる。


 筆記試験そのものは、ほぼ一般常識の問題という感じで想像していたよりずっと簡単。


 隣国の首都の名前や地域の特産物、有名な詩の一節。


 聞いたこともない妖魔の生態や複雑な占星術の理論、天文学に防疫や法律、それに農業の知識まで問われた巫女考試とは全然違う。


 こんな簡単な問題であれば誰でも解けるのではないかと思っていたけれど、一次の筆記試験でほとんどの人が落とされ、二次の面接まで進んだのはわずか十人ほどだった。


 もちろん私もそのうちの一人だ。


 そして今日は、二次試験の面接の日。


「次の方どうぞ」


「は、はい」


 女官に呼ばれ、緊張しながら部屋に入る。


「失礼します」


 席につき、顔を上げると、真正面に見たことのある顔があった。


 細くしなやかな黒髪を結い上げた、雪のように白い肌の美女。


 あっ、一ノ妃様だ。相変わらずお美しい。


 私は一ノ妃様をじっと見つめたのだけれど、一ノ妃様は私の顔を見てもにこりともしない。


 以前に一度会っただけだし、ひょっとしたら忘れてしまったのかもしれない。


 私はほんの少しだけがっかりしてしまった。


 志望動機やこれまでの生い立ちを軽く質問され、面接は終わった。


 手応えは全くなかった。


 駄目かもしれないと思っていると、数日後に一枚の封書がとどいた。


 緊張しながら開けると――そこには「合格通知」という文字が。


 『貴殿を後宮女官として採用することとする』


 えっ、受かった?


 受かったんだよね、これ。


 信じられない気持ちが先に来て、それから嬉しさが込み上げてきた。


 やった。ついに女官になれたわ。


「よっしゃああ!」


 天に向かって拳を突き上げる。


『受かったのか。良くやった』


 いつの間にか隣にいた天翼も褒めてくれる。


『でも女官になるのが目的じゃないだろう。目的はあくまで後宮に潜入して巫女が偽物だという証拠を掴むことだから、それを忘れるな』


 言葉こそ厳しいけれど、天翼の頬は心なしか緩んでいた。


 いつも仏頂面だし、私の行動に文句ばっかり言っているのにさ。


「分かってるよ、でも嬉しいの」


 私、あの美しくて優しい一ノ妃様の元で働けるんだ。


「おじさん、おばさん、私、受かりました」


 さっそく飯店のおじさんおばさんにも報告する。


「あらまあ、おめでとう」

「すごいな、でかした」


 自分の事のように褒めてくれる二人。


「今夜はお祝いだね」


 二人は、私の大好きなにら餃子やセロリの炒め物、トロトロの豚の角煮を作ってお祝いしてくれた。


 なんだかこうして食卓を囲んでいると、故郷にいる家族を思い出すな。


 私は故郷の家族と、家族にこの先待ち受けている運命を思い、胸が痛くなった。


 こうして私は、晴れて女官になった。


 だけど――この先、本当に炎巫になれるのだろうか?


 私は不安な気持ちでいっぱいになった。

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