第六章 一ノ妃の呪い

第23話 密会

「明琳ーっ、あんたにふみが来てるわよ」


 私が佳蓉様のお勉強の準備をしていると、彩鈴さんから呼び出される。


「手紙?」


 きょとんとしていると、彩鈴さんは私の手に無理やり手紙を押し付けた。


「そ、白蘭さんから」


「白蘭さんから?」


 私が首を傾げていると、彩鈴さんはニタニタ笑いながら私の顔を覗き見た。


「……男からじゃなくて残念だった?」


「違いますっ!」


 もう、彩鈴さんったら!


 私は彩鈴さんのことは無視して、白蘭さんからの文を読んでみることにした。


 白蘭さんから届いた文によると、どうやら白蘭さんの体調は無事に回復したみたい。


 それに今度は、白狐から聞いた物語に頼るのではなく、自分で考えた物語作りも始めたらしい。


 しかもその主人公は赤髪の巫女で、女官として後宮に潜入し、妖魔を退治して回る物語なんですって。


「赤髪の巫女……か」


 私は自分の髪をつまみ、鏡でその姿を見てみた。


 女官になる際に茶色っぽく染めたはずなのに、今やすっかり赤い髪に戻ってしまっている。


「また染め直したらいいかしら。でも今さらかもなあ」


 ひょっとしたら髪を洗う度に少しずつ髪色が落ちていたのかもしれない。


 暗い色から明るい色に染めるのに比べて、明るい色から暗い色へ染めるのは落ちにくいといっていたのに。


 あの染め粉屋のお婆さん、実はぼったくりだったのかしら。


 でも女官や妃たちも私の髪を見慣れた頃だろうし、今さら染める必要もないかもしれない。


「あ、明琳、文を読み終えたならいつもの様に掃除をお願いね」


 彩鈴さんが私の横から急に鏡を覗き込んでくる。


「はい、分かりました」


 もう、びっくりするなあ。


 でも確かに、もうそろそろ掃除をしなければいけない時間だわ。


 私はいつものように掃除道具が置かれている物置へと向かった。


「これと、これと……」


 雑巾やほうきを手に物置から出ると、廊下の先に人影が見えた。


 どきりと心臓が鳴る。


 そこに立っていたのは巫長だった。


 巫長には、女官になってからというもの一度も会っていない。


 本来ならば挨拶すべきだったのかもしれないけれど、私はとっさにに近くの部屋に身を隠してしまった。


 何せ前回も前々回の人生でも、私は巫長のたくらみのせいで処刑されたかもしれないのだ。


 とは言っても、まだ確固たる証拠は無いのだけれど……。


 巫長、どうしてこんな所にいるのだろう。


 そう考えて思い当たる。


 そう言えば、二ノ妃様は週に一度、巫長に占ってもらっていると女官が言っていたっけ。


 もしかして、今日がその日なのかしら。


 私はこっそりと部屋の戸の隙間から巫長の様子を伺った。


 巫長はきょろきょろと辺りを気にしながら、後宮の奥へと歩いていく。


 あっちは――二ノ妃様の居室じゃない?


 不思議に思いながら私がこっそりと巫長の跡をつけていると、巫長は辺りを用心深く見回し、一つの部屋に入っていった。


 あそこは、特に使われていないはずの物置部屋のはず。


 あんな所で何をしているのだろう。


 私が足音を立てないようにゆっくりと廊下を歩き、隣の空き部屋へ身を隠し聞き耳を立てると、男女の声がした。


「いけませんよ、こんなところで」


「大丈夫、こんな所に誰も来ませんよ」


 この声は――巫長と誰だろう?


 声だけだからよく分からない。


 そう思ったのだけれど、そこに居たのは思いもよらぬ人物だった。


「ふふふ、右大臣様も人が悪いわね」


「巫長殿こそ」


 巫長と――右大臣?


 あの二人、こんな人目につかないところで何をしているの!?


 まさか、あの二人って恋仲なのかしら。


 でも巫長は独身だけれど、右大臣は既婚者よね。二ノ妃様の父親だもの。


 なんてことを考えていると、急に後ろから肩を叩かれる。


「あれ? 君、こんなところで何をしてるの?」


「――っ!?」


 ――見つかった!?


 私が声を押し殺しながら振り返ると、そこに居たのは誠羽さんだった。


「……なんだ、誠羽さんか」


 私がホッと肩をなで下ろしていると、誠羽さんは少し眉をひそめた。


「何だじゃない。どうしてこんな所にいるんだ?」


「それは――」


 私が答えに困っていると、右大臣の声が聞こえた。


「今、誰かの声がしなかったか?」


「――しっ」


 誠羽さんは後ろから私の口を塞いだ。


「にゃお、にゃーお」


 本物そっくりの猫の泣き真似をする誠羽さん。


 その声に、右大臣はほっとしたような声を出した。


「……何だ、猫か」


 良かった。誠羽さんのおかげでどうにか助かったみたい。


 私は恐る恐る誠羽さんに聞いてみた。


「こ、これ、どうしたらいいんですかね? 誰かに報告……とか?」


 でも右大臣より上の人となると、もう皇帝陛下しか――。


 誠羽さんは首を横に振る。


「いや、やめた方がいい。下手したら、明琳が静粛対象になるよ?」


 軽い口調で怖いことを言う誠羽さん。


「だ、だよね」


「そうそう」


 誠羽さんはポンと私の肩に手を置いた。


「――黙っておいたほうが身のためだよ」


 そんなあ!


 部屋に戻り、頬杖をついて考える。


 巫長と右大臣が恋仲。


 ということは、炎巫をめぐる騒動の裏に、右大臣がいる可能性が高いということなのだろうか。


 右大臣が、巫長をそそのかして偽りの巫女を立てようとしている?


 でもそんなことをして、右大臣に何の得があるというのだろう。


 私は考えをぐるぐると巡らせたけれど、考えても考えてもどうしたら良いのか全く分からない。


 結局私は、寝不足のまま朝を迎えてしまった。


「大丈夫? 明琳。顔色が悪いわよ」


 あくる日、私が佳蓉様に勉強を教えていると、佳蓉様に心配そうな顔をされる。


「え、ええ。大丈夫です。少し疲れてて」


「無理しないほうがいいわよ」


「ありがとうございます」


 私は溜息をつき、目の前の書物に目を落とした。


 そうだ、今は佳蓉様の教育に集中しないと。


 だけど、どうにも集中できないまま夜になってしまった。

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