第42話 梅梅の手記(3)

 えっ、嘘。


「新しい炎巫は――緋静に決まった!!」


 告げる官吏の声に、巫女たちの歓声が上がります。


 私はというと、頭の中が真っ白になって、信じられない気持ちでいっぱいでした。


 巫女は静……。


 一体どうしてでしょう。


 静は髪を染めてここに来ている偽物なのに。


 きちんと巫長にも報告したのに――。


「おめでとう、緋静!」

「すごいわ!!」


 巫女候補生たちが、長い緋色の髪に切れ長の目の美少女、静を取り囲みます。


 その輪の中には、満面の笑みを浮かべた巫長様もいらっしゃいました。


 その笑みを見て、私の背中にぞくりと悪寒がはしりました。


 まさか――巫長と静は共謀していたのでしょうか?


 でも一体どうして?


 そう思っていると、大きな音を立てて巫宮の扉が開いた。


「――雨梅梅はいるか!」


 ビクリと背中に緊張が走ります。

 一体何なのでしょう。


「は、はい、雨梅梅は私ですけど……」


 恐る恐る手を挙げると、三人の兵士が重い足音を鳴らしてこちらへ走ってきました。


「雨梅梅――貴様を、宮廷からの命により、一ノ妃を暗殺しようとした罪により捕らえることとする!」


 えっ、嘘。どうして。


「待ってください。これは何かの間違いです! 私は――」


 だけど、私の言葉は聞き届けられることなく――私は投獄されてしまいました。



 どうしてこんなことになってしまったのでしょう。


 私は暗い石牢にうずくまり涙目になりながら考えました。


 私は選ぶ道を間違えてしまったのでしょうか。


 紅髪でもないくせに、皆を欺いて炎巫考試を受けたりしたから――。


 暗く冷たい牢の中で私がそんなことを考えていると、がやがやという騒がしい声と足音がしました。


 一体何でしょう?


 見ると、兵士たちに一人の若い黒髪の女官が引きずられてくるではありませんか。


「ここに入れ!」


 私の入っている牢に、黒髪の女官が乱暴に投げ入れられました。


「貴様らの処遇は後々決まる。今はそこでじっとしておれ!」


 そう言って、兵士たちは去っていきました。


 兵士たちが居なくなった後、私と女官さんは顔を見合せました。


「あの、私、雨梅梅と申します。あなたは――」


「私は南白蘭。二ノ妃様の女官をしておりました」


 黒髪の女官が今にも泣き出しそうな顔で答える。


「二ノ妃様の女官だったんですか? それでは、三ノ妃様とお会いしたりはあまりなかったですかね。実は私、三ノ妃様とは知り合いだったのですが――」


 私の話に、白蘭さんはハッと顔を上げた。


「三ノ妃様!? 梅梅さん……三ノ妃様をご存知なのですか?」


「え、ええ。巫宮で同室でした」


 私が答えると、白蘭さんは思い詰めたような顔で、話し始めた。


「実は、三ノ妃様のことなのですが――」


 そこで私は初めて、明琳の後宮内での活躍を知ったのでした。


 白蘭さんによると、彼女は元々二ノ妃様の女官だったのですが、明琳に命を助けられ、それ以来色々と協力していたのだそうです。


「そうだったのですか」


 私は白蘭さんから、明琳の後宮での活躍を聞き、涙が出そうになりました。


 ああ、私も明琳の活躍する姿をもっと見たかったです。


 私が感慨に浸っていると、ポンと小さく破裂するような音がして、小さな白い狐が現れました。


「ひゃっ、妖魔!?」


 私が驚いていると、白蘭さんが笑いました。


「大丈夫。この子は三ノ妃の使い魔です」


「明琳の?」


「ええ。今、私たちが捕まったことを三ノ妃様に伝えてもらったので、もしかして助けに来てくれるかも」


 ホッとした表情を見せる白蘭さん。


 私もその言葉を聞いて安堵しました。


 大丈夫。明琳ならきっと、私たちを助けに来てくれるはずです。


 だってあのお人は、本当の巫女なのですから。


***


 だけどいつまで経っても明琳は助けに来ず――私は今、処刑台の上に立っています。


「これからこの者たちの処刑を行う!」


 処刑人が斧を持ってきます。


 ああ。私の運命もこれまでですね。お父様、お母様、ごめんなさい。


 私が諦めかけたまさにその時です。


「待ちなさい!」


 群衆の中から飛び出してきたのは、長い赤髪をなびかせた美しい少女でした。


「明琳――三ノ妃様!」


 私の声に、明琳は顔を上げ、自信に満ちた表情でうなずきました。


「貴様は……」


 処刑人が斧を持つ手を止める。


「私は紅明琳。この国を守る炎巫です!」


 明琳が叫びます。


 ――明琳! やっぱりあなたが炎巫だったのですね。


 明琳の声を聞いて、私は涙が出るほど嬉しくなりました。


「炎巫だって!?」

「あの娘、何を言っているんだ?」


 当辺りが騒然とする中、巫長が顔を真っ赤にして前に進み出ました。


「嘘おっしゃい。炎巫はここにいる静よ。間違いないわ。あなたが本当に炎巫だと言うのならば、証拠を見せなさい」


 証拠など見せられるはずもないと胸を張る巫長。


 私は口の端を上げて笑った。


「証拠ならあるわ――天翼!」


 明琳が叫び、首にかけていた石を天へかざした瞬間、先程まで空を覆っていた分厚い雲が嘘のように裂けました。


 眩い光が降り注ぎ、私を含む、そこに居た全員が天を見上げました。


 舞い降りてきたのは、太陽のごとく眩い火の鳥でした。


 この国の守り神、不死の鳥朱雀です。


「見ろ、あれを」

「朱雀だ!」

「火の鳥だ!!」


 群衆が次々に空を指さします。


「そんな馬鹿な――朱雀!?」


 巫長と静の顔も真っ青になりました。


 それもそのはずです。朱雀はわが国、南夏国の象徴で守り神。炎巫にしか扱えない神獣なのですから。


 明琳――いえ、炎巫を背中に乗せ、朱雀がふわりと空へ飛び立ちます。


「ケーーーン!」


 そして明琳を乗せた朱雀が一声鳴くと、周りの雲がさあっと晴れ、空からぱらぱらと大きな雨粒が大量に落ちてきました。


「雨だ!」

「晴れなのに雨が!」

「恵みの雨が!」


 天翼の振らせた雨は大地に染み渡り、草や木を潤し、そして――。


「見ろ、炎巫の髪が!」


 群衆が次々に静の髪を指さします。


 雨に濡れた静の髪は、静本来の髪色である黒い髪に戻っていました。


「黒い髪だ!」

「どういうことだ、炎巫の髪は赤のはずだ」

「偽物だったのか!?」


 人々が静の髪を指さします。


「ち、違います――これは」

「そ、そうよ、これはあの娘の妖術で――」


 言い訳しようとした巫長の言葉遮ったのは、ことの成り行きを御簾の中で見守っていた皇帝陛下でした。


「黙れ」


「こ、皇帝陛下!」


 皇帝陛下の強い口調に、巫長が押黙ります。


「国の象徴である神獣・朱雀を操れるのは炎巫のみだ。あの朱雀が、三ノ妃が炎巫だという証拠でなくて何なのか」


 皇帝陛下は両脇に控えていた兵士に指示を出しました。


「何をしている、早くあの偽物どもを捕らえよ」


「は、はいっ!」


 慌てふためく静と巫長は、がっしりと兵士たちに捕らえられました。


 こうして、偽の巫女と悪い企みをしていた人達は捕まえられ、晴れて明琳が炎巫となったのでした。



 

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