11.8 ガジロが死んだ
「やはり異常は見つからなんだ。わが魔王はツノのてっぺんからシッポのまったんまで完膚なきまでにわが魔王でございました」
「まことか。マァ、こうしてパワーが戻っとることからしても魔物形態に還ったことは自明であったが」
「だからといっていちいち玉座の間の壁を破壊なされませぬよう」
「カタいことゆーなよ、〈工場長〉。わらわとそなたの仲ぢゃないの」
「『繭』の自己回復力で修繕されるとはいえ、そのぶん、瘴気は消費されますので」
「わあった、わあったズラ。検査結果に異常がでなかったことが嬉しくて、ついデキゴコロでやっちまった。後悔しとる。しかし、いったい、わらわの身に起こったことはなんだったのであるか?」
「これまでの例で考えますと、『歴代魔王の叡智』による自己保存機能が働いたとみるのが妥当かと」
「ふむ。そうなるのか」
「何かご不審な点でも?」
「きさまお手製の鎧がぶっ壊れたのはしかたない。わらわが力のコントロールを誤った」
「町ひとつの壊滅ですんだのはさいわいでした。下手をすれば地上そのものの消滅もありえたのですから」
「それから、鎧を失ったわらわの躰から瘴気が溢れだしたとゆーところもよみ、理解した」
「鎧によって強制的に押しとどめられていた瘴気が一気に噴出したのです。その勢いのあまり、わが魔王の生命維持に必要な最低限度の瘴気まで持っていかれた」
「そこでわらわは昏倒した。魔王ともあろーものが気を失ってしまうってどうよ? ちょっと沽券にかかわらない」
「人類の若いメスは、何かあると、すぐに気を失うといいますが」
「コルセットがキツキツだからの」
「お召しになったのですか?」
「黙れ。最近のはそこまでキツくないわ。女性解放とゆーやつぢゃな」
「はぁ。それはともかく、なみの魔物であればこの時点で絶命しております。胎内の瘴気の急激な低下は死を招くのです」
「魔王の死因が『ショック死』ってしょっぱすぎぢゃろ。危うく『三日魔王』をしのいで歴代魔王のワーストワンに輝くところであった」
「確か、勇者の住んでいた村の裏山に『繭』がでてしまったのでしたか、かの魔王は」
「よく知っとるな。魔界ではボロクソにゆわれとるが、実力的には最低とゆーわけでもない。そもそも三日じゃなくて四日だったしの、勇者に倒されるまでにかかった地上での時間」
「ほとんど変わらない気もいたします」
「ま、いろいろとツいてない魔王ぢゃった。わらわがついてないのはアレだけだが」
「……不幸な魔王のことはさておくといたしまして」
「むー。わらわ渾身の自虐ネタをスルーしおって」
「どんなに燃費の良い魔物でも、さすがに空っぽでは生き延びることができません」
「だから自動的に人類に変身した、とゆーのだな」
「人類は瘴気を必要としませんので、生存戦略としてはじゅうぶんかと。もっともそのおかげで瘴気を頼りにした追跡が行えず、わが魔王の発見に時間を要したのは事実ですが」
「そんなことがそーそー起こるのか?」
「変身魔法自体はそれほど珍しいものではありますまい。もっとも胎内の構造まで含めて完璧に人類を模倣することは困難ですな、人類形態を維持するのにも瘴気は必要ですので。不可能ではないと思います、ただし、その変身は一回限りのものになる可能性が高い。人類になるということは、とりもなおさず『魔物因子』を消失するということにほかならないのですから」
「つまり、二度と魔物には戻れむ、ということでよみ?」
「御意」
「しかし、わらわはこーして魔王として帰ってきた」
「まことにめでたきことで」
「そもそもわらわは変身魔法どころかいかなる魔法も使えない。未来永劫、森羅万象、ありとあらゆる可能性を引きかえにした上でのこの腕力であるからな。意識のあるなしにかかわらず、原理的に不可能じゃ。とゆーのに、わらわは生き延びた。魔物と人類、ふたつのモードのコンバーチブル機能まで引っさげて」
「神サマのおぼし召しですかな」
「笑えん冗談だ。ところがさらに笑えなくなることがある」
「なんでございます?」
「人類として暮らしていたあいだ、わらわは魔王の全ステータス低下、ヤ、それだけじゃない、魔物としてわずかばかりの力すら使えんくなっておった。文字どおり低級魔以下だ。にもかかわらず、じゃ。わらわは決して死むことがなかった」
「まったく僥倖でございました」
「待て。悪運の問題ではない。ゆい直そう。わらわは決して死ねなかったのじゃ」
「はい?」
「一度などわが喉もとに刃物を突きたててみた、だが駄目だった」
「なんということを。魔王の自殺未遂など前代未聞!」
「その現場を人類の女に押さえられての。ビンタじゃよ、往復ビンタ。せっかく助かった生命を粗末にするんじゃありません、とそっからひと晩中、説教が始まってな。ありゃあ、痺れたわ。わらわが完全なオスじゃったら、惚れてたところだ」
「何いってんだ、アンタ」
「で、その人類は医者だった。その者がゆーには、わらわの身体にどこも異常はないそーぢゃ(ただ一点を除いて)。もちろん、このばあいの異常とは人類として、とゆー意味ンなる。あの女は隅から隅までわらわの肉体を検見しおったぞ?」
「その結果、わが魔王に不埒な呼称を与えたのでしたか」
「ふむ。クソいまいましイイ女であった」
「天使には性別がない、といいますれば」
「あの女のことはよみ。今度おうたらたっぷり、それはもおたっぷたぷに、たっぷり礼をしてやるつもりぢゃ」
「あまり特定の人類にご執着なされませぬよう、衷心から申しあげます」
「何か不満かの?」
「わたくしはかまいませんが、いまのおカオは一匹のオスのそれに完全に一致しておりました、しかも発情期の。ニャンニャコさまたちに目撃されれば血の雨が降るのは必至。わが魔王は美女と見れば、魔物と人類とにかかわらず気にいられてしまうのですから、まったく困ったものですぞ」
「若くて美しいオスも好きだよ?」
「わたくしはそのどちらでもありませんな」
「うん」
「うんて」
「なんだよ、ソンナコトナイヨ?、ってゆって欲しかったのか。そこでトゥンクしたかったのか。わらわはごめんじゃぞ、きさまとだけはラブコメりたくない」
「わたくしめの失言でございました」
「よみよみ。片想いならいつでも受付中ぢゃ。魔王のラブコメ力は底なしである」
「……話をもとに戻しますと」
「むー。失恋担当も欠くべからざるラブコメ要員なのにー」
「肉体の上ではまごうことなく人類に変化しえていたのに、死に至るような刺激はすべて無効にされた、というわけでございますな」
「まさしく神の加護が授けられていたかのように」
「でしたらやはり魔王に自動的に付与される能力というしか」
「ならばその原理は? きさまも科学者の端くれなら、そこのところをないがしろにはすまいよ。『歴代魔王の叡智』を受け継げば、有史以来一度でも発動したことのある魔法ならひとつ残らず使えるようになるのが魔王としてのおおきなアドバンテージのひとつであった。しかし、アプリオリな『魔法回路』をブッこぬいちまって、その代わりにワンオフの『魔法回路』を強制移植したわらわは、魔王となったあとも依然魔法が使えない、この超腕力以外にはな。すくなくともこの点において筋は通っておるのだ。脆弱な人類に身をやつしたわらわが不死を手にしていたのだとゆーなら、その力の源泉は、その理の糸の行き着くさきはどこにある? 魔法じゃないとすれば、ほかに何が――」
「いまのところは何も」
「ハッ。ヤクタタズが」
ダン、ダン、ダン!。
「なんじゃ」
「わが魔王。大至急、お耳にいれたい儀がございます」
「いまは〈工場長〉と熱い抱擁の真っ最中である」
バーンッ!
「どんな冗談です?」
「聞けよ、わらわのゆーこと。って〈副官〉ちゃん、ひさしぶりぃ。まだ療養中じゃなかったっけ? ごめんね、町ごとシュビビンしちゃって」
「もったいないおことば」
「アレ、髪切った?」
「いいえ」
「ぢゃ、整形した?」
「どんな冗談です」
「なんか雰囲気変わった?」
「いいえ。そんなことより」
「あいあい」
「――ガジロさまが勇者に殺害されました」
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