――31 いつものところにて(主な出演者は宣言しなくてもわかるであろ)」



「お姉さまっ!」


「これ、抱きつくな〈猫〉。わらわはまだ旅の途中であるぞい」


「どこに行っつたんだ? ほとんどどっか行ってるようには見えなかったけど」


「神の御許に。門前で追いかえされたが」


「忙シソーデ何ヨリ」


「〈巨匠〉。きさまに頼みがある」


「何?」


「わらわたちのちんけな神のやつに名前をつけてやってくれ。ちんけであって、ちんこじゃないぞよ? ひょっとしたら神ですらないかもしらん。よくわからんが、いまだ存在しない誰かに、これ以外にはないって名前を」


「無理ナ注文」


「だからおまえに頼んどるんだ。何もないところから『何か』を生みだすのはかつてどんな正直者の錬金術師にも為しえなかった所業。そんなことがうそぶけたのは、歴史上、不誠実きわまる作家をおいてほかにいなかった。きさまが〈巨匠〉なのは、いままさに、この瞬間のためだったと知れ」


「勝手ナコトイワナイデ欲シイ。吾輩ハ只ノ『魔王システム』ノ外部記憶装置ニスギナイ。厳密ニハくらうど上ニでーたヲ送信スルもばいるるーたーミタイナモン。コノかりそめノ名前ハ当方ガ自ラ名乗ッタモノデハナイ。ゼンブワガ主ノ犯行」


「だったら、ここで〈巨匠〉となって、わらわの慧眼を証明するがよみ」


「おい、ぽんこつ。お姉さまがこんニャに頼んでいるんニャぞ。〈猫〉にデキるなら〈猫〉がヤリたいンにゃニャニャ、お姉さまが頼んでるのは〈猫〉じゃなくて、きさまニャんだぞっ」


「べつに猫でもいーンじゃん?」


「……そーニャん?」


「ああ。しかしそのばあいは〈猫〉が〈巨匠〉と呼ばれることになるがの」


「それはヤにゃ。やっぱりきさまがヤんニャ、ぽんこつ」


「本当ニ無茶ナコトヲイウ。イクラ吾輩デモ素材ガナケレバ、産出ハ不可能」


「素材のー。まずはじめに、機械仕掛けの神ではご不満のようぢゃ」


「機械ジャナイ?」


「んニャら、ナマモノにゃ。〈なまあし〉なんてどーかにゃン?」


「おお、それはよみよみ。わらわ、なまあし、大コーフン」


「魔王を興奮させるためにそいつはいるんじゃないと思うぞ。それとなまあしはナマモノの代表例じゃねえ」


「え。なまあしってなまじゃないの? 漬けもの? かんぶつ?」


「魔王ヲこーふんサセルタメジャナイ?」


「あとはそーぢゃな、わらわが魔王以外の何ものでもないように、あやつもあやつ以外の何ものでもない、とゆってやったら惜しいと応えよった」


「ナニソレ、てつがく?」


「魔王が魔王以外の何かじゃねえのはいーとして、その神サマは神サマ以外の何かでありえるってコトなのか?」


「知らん」


「他ニナイノ?」


「ほかのー、ほかほか」


「あったかごはん!」


「何いってンニャ、この人類?」


「るせーよ、ちょっと場をナゴませよーとしただけだっ」


「自分でゆっといてちょびっと照れとるところがカーイーのー、人類最強三十五歳」


「駄目ダ、コイツラ……」


「そうぢゃ。カワユイとゆえば、あやつめ、わらわの愛の告白にスッ飛んできおった」


「!☆※あいのこくニャくっ?」


「声裏がえりすぎだろ、三回転半ぐらいしてたぞ」


「愛のこんにゃくみたいに聞こえたな」


「こんにゃくなら婚約だろ。告白をこんにゃくと聞きまちがえるのは無理がある」


「こここ、こニャニャくぅー?」


「心配するでない。見かえり欲しさにちょっとコクってやっただけぢゃ」


「みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみ……」


「蝉か?」


「みみみみみみみみみ見かえりってなんニャアー? 〈猫〉も〈猫〉も〈猫〉も〈猫〉も〈猫〉も〈猫〉も〈猫〉もねねねねねねねねねねねねね〈猫〉も見かえり(みかえ)見かえりくれニャー!」


「ダメ。わらわと〈猫〉のあいだにそんなものは必要ない」


「友情ハ見カエリヲ求メナイ」


「友情? ヤにゃヤにゃヤにゃー。〈猫〉は愛がほしーのっ。美しい友情なんかより、どろっドロの欲にまみれたくんずほぐれつのいんぐりもんぐりできる愛がほしいンニャアッ、見かえりジョートー! お姉さまのためなら、〈猫〉、壺だって一〇〇坪ぶん買ッチャウし、内臓だって持ってけドロボーニャアアア」


「重いな、これは」


「いつものことだから気にするな」


「愛ノ告白ッテ、ドウイウ意味?」


「ん? だから愛してやるから姿を見せよ、とゆってやったのぢゃ。わらわの愛を残らず持ってけドロボーしてもよみ、とな。したらそれまでウンともすんともゆわなかったくせに返事を寄越しおった。ういやつであろ?」


「ワガ主ノ、告白ヲ受ケタ?」


「……お姉さま……どーしてもダメニャ? 一回、一回だけでいーからあッ!」


「くどい」


「ふニャ。〈猫〉踏んだりケットシー」


「そんなに飢えてたのかね、おれたちの神は?」


「どーゆー意味ぢゃ? 腹ぺこじゃなければ、わらわにはあの野郎を籠絡する魅リキがない、とゆーつもりかや?」


「そーじゃねえよ。そーじゃねえけど、神サマなんだからなんでも持っててよさそうなもんじゃねーか?」


「名前すら持たんのだぞ。いわんや愛情をや、ではないか」


「名前ダケジャナク、愛情モナイ?」


「〈猫〉には売るほどあンニャに」


「よし。買った」


「売るかハゲッ。三十五歳魔法使いなんかニャ死んでもやるかニャ。〈猫〉の愛はいつだって完全無料。※ただし、お姉さまに限る」


「てゆーか相手が魔物でもえーンか? 節操がないの。人類最強は人類最強なんぢゃから、それこそなんでも持っててよさそーなもんであろ?」


「そりゃ若い頃は浮き名をブイブイ流しまくったもんだけど、最近はすっかりご無沙汰でねえ。だからどーだい、猫たん? おぢさんならキミの傷心を癒してあげられっけど」


「……それが魔法使い(三十五歳)の最後のことばとなりました。にゃーん」


「〈巨匠〉はどーぢゃ? その空っぽのハートに、ラヴは詰まっておるのかや?」


「吾輩ハ魔人。ソノヨウナ欲求ハ存在シナイ。デモ、クレルトイウナラ貰ットク」


「こっちも節操なしかよ。やっぱり欲しいものなのかの、みんな、愛とやらが」


「そんなの当たり前っ。愛のいらないやつにゃンて存在しないのニャ」


「存在コソ愛。即チ万物ハ、愛」


「だったらついでにそいつもくれてやれ」


「もうくれてやったぞい、わらわの愛を」


「いや、もっとだ。おれたちのも含めて、イッパツでそこにあるってわかるような……」


「何をゆって――」


「〈愛〉!ニャ」


「アイ?」


「ソレガ吾輩タチノ神ノ名前?」


「すくなくとも〈なまあし〉よかイイだろ?」


「フム。どーぢゃ、〈巨匠〉?」


「ドウシテ吾輩ニ改メテ訊クノ?」


「わらわはきさまに依頼したのだ。きさまが賛成なら、わらわも反対せん」


「……作家トイウモノハ容易ニ本心ヲ書キ表ワサナイ。何モナイトコロニ『何か』ヲ生ミダセルナラ、ソノ名前ハ、キットそれガ最モ相応シイ。デモ、ココハ巨匠ラシク、無意味ナ韜晦ヲシテミル。ワガ主、耳ヲ――」


「――よかるろ。わらわに異存はない」


「お姉さま、またイッチャウんニャ?」


「おとなしく待っておるのだ。今度無事に帰ってこられたら、〈猫〉、そのときは嬉し恥ずかしの接吻をしてやるわい」


「ききききききききききいききききききききききききいきいいいききキスぅ」


「モロチン、アラユル美シイ約束ハ破ラレル運命ニアル――」


「黙ぁっとれい、ぽんこつ!」


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