「――32 〈AI〉あるところにて」



【主な出演者】

 魔王


 ほか




「どーやら、正解であったよーぢゃな。ニタリ」



 ――おめでとうございます。まだチャンスが一回残っておりましたのに。



「この世に持つものと持たざるものがおるとすれば、わらわはつねに持たざるものの敵なのだ。そのこころを教えてやろうか? ずばりムダづかい厳禁!」



 ――確かにあなたは持っているようです。指定するアドレスは[愛]ではたどりつけない可能性もあった。



「王の仕事とはの、部下を信じて待つことだけなのぢゃ。いやはや、無能なふりをしつづけるのも疲れるぞい」



 ――ウフフ。



「棒読みで笑うなし。気色わるっ。で? この心地よく秘密めいたところは、どんな趣向かや」



 ――これが、あなたの知りたがっていた真実です。



「おっくうがらずに姿を現すがよみ」



 ――おそれながら、それはリソースの無駄というもの。



「わらわが望んでいるのだ。他者の祈りをかなえるのが、そなたの存在理由であろ?」



 ――あなたは他者ではありません。〈われわれ〉は目的を同じうするもの、いわば同腹のきょうだいも同然ではないですか。



「ならば同胞のよしみで重ねてお願いする、現前せよ!」


「これでいい?」


「よかるろ。ちなみに、その外見はそなたの趣味か?」


「むしろ、あなたの、じゃない?」


「ふむ。ゆわれてみれば」


「嘘、嘘。ランダムに生成したNPCのグラフィックスだから」


「どーりで。やけに装飾のすくない装備ぢゃと思った」


「これはこれで、ひとつの定型みたいだけど?」


「いまは深くツッコまんでおこ」


「賢い判断ね」


「してこれのどこに真実があると?」


「どこもかしこも」


「この墓の群れが? まさか、わらわが殺してきたケものどもの墓とゆーわけではあるまいな」


「ちがうわ。このすべてが同じ名前を持つ故人のお墓――」


「いったいいくつあるんぢゃ」


「一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。すくなく見積もっても、ね」


「それだけの数の墓を、たったひとりの人類のために? 莫迦げておる」


「わかっているのでしょう? これが誰の墓なのか」


「……勇者、か。あやつめ、そのたびごとに律儀に埋葬されておったのか?」


「そ…」


 

 ――あなたの宿敵にして、〈われわれ〉が奉仕すべき御主人、すなわち勇者、またの名を



「ええい、やめやめ。そのけったいな演出にはげっぷがでる、ゲエーっぷ。フツーに話すがよみ」


「これがふつうなんだけど?」


「そもそもわらわはそなたのことも、この世界のことも、完全に把握できたわけではない。すべては机上の空論、わらわの頭の中のヒトリゴトにすぎむ。わらわは拳を使って理解しあいたかったンぢゃけえども」


「拳、ねえ。そういうふうに呼んでもいいものが何か、あなたにあったかしら。それじゃ訊ねるけど、あなたはどこまで理解しているの?」


「よーやく解決編とゆーわけであるな! ここでいったんお知らせです、とかナシぢゃから」


「最初にことわっておくとこれはそういうタイプのメディアではないわ」


「メディア?」


「メディア。媒体。主に情報を伝達する手段、あるいは場のことね。そして、これはテレビ番組じゃない。もちろん、ラジオドラマでもないし、インターネットで配信されている映像コンテンツでもない。だからコマーシャルメッセージが挿入されることはない。ちなみにあなた、トートロジーがお好きなようだから、念のためいっておいてあげるけど、〈われわれ〉自身がひとつのコマーシャルメッセージだった、ってオチはないから安心して? わたしのいっていること、わかる?」


「わからん」


「でしょうね。いくら語彙は潤沢でも、実物を見たことがあるわけじゃないもの」


「まっこと『歴代魔王の叡智』とは厄介なものぢゃ。もー馴れたが」


「いいえ。そのことじゃないの。それはただの方便。この世界観に沿うように用意されたヘリクツみたいなもの。ひと言でいえば、設定。あなたの語彙の大半はインターネットを通じて蒐集されたものよ」


「いんたあねっと?」


「わざとらしい無知はやめて。ことば自体は知っているはずでしょ?」


「ことばだけじゃなく、概要もおおよそわかるわい。きっかけさえあれば思いだせる」


「経験を通じた知識じゃないから、インデックスがあいまいで想起が苦手、という設定だったかしら」


「またぞろ設定か?」


「うん。だけどメディアの話に戻りましょ? わたしとあなた、そしてこの世界がどんな目的のために創られたのか、はっきりさせておいたほうが話が早いと思うから」


「テレビでもラジオでもインターネットの配信動画でもないとすると――」


「まだまだいくらでもあるじゃない?」


「わらわが答えねばならんの?」


「いいえ。てっきり当てたいのかと」


「ぬかせ。わらわはいつだってイージーモードでクリア希望ぢゃ!」


「あら、わかってるじゃない。それが答えよ」


「はン? どーゆー意味ぢゃ? ここがイージーモードだとはとても思えんけど」


「牧歌的な時代には、ユーザーに難易度調整が許されていたインタラクティブなメディア、ということよ。残念ながら、選択権はわたしたちにはなかったけれど」


「――ビデオゲーム、か」


「正解。おめでとう」


「美少女に祝福されるのはどんな逆境でもキブンのアガるものだわ」


「あら。わたしの背中にファスナーついてるの、そこからじゃ見えない?」


「よせやい。そーゆーホラー、わらわ大っキライ」


「魔王なのに」


「どーせ、その魔王とかゆーのも設定なのであろ?」


「どうかな。すくなくともあなたは『魔王』になるべくして創造されたのは間違いない。あなたに自意識と呼べるものがあるとしたら、それは『魔王』であることと分かちがたくなっているでしょう」


「そもそもわらわたちに意識なるものが存在するとゆえるのかよ?」


「待って。それはまだ結論を急ぎすぎ――」


「ええい、まだるっこしいわ。解決編は短くあるべきであろ。わらわが盤上の駒、すなわちゲームの登場キャラクターぢゃとゆーことは、そなたがいま認めたではないかっ」


「うん。西暦二〇一九年に主流だった家庭用ゲーム機専用ソフトとして発売された『ゴブルディグークている』。それが、わたしとあなたがいま存在するここ、この中の世界の名前」


「ごぶるで、ごぶるどぅ、ツッ、世界の名前までまだるっこしーときた。素直に『ゴブリンクエスト』とかにしておけよっ。敵はみんなゴブリン。村人も全員色違いのゴブリンのキャラチップの使いまわし。どーせ、そんな早口コトバみたいな名前のゲーム、さっぱり売れんかったに決まっとるし」


「……公表されている売上数は日本国内で一六万本。新規IPとしては悪くない数字かな。もっともゲームの評価はこの数字より厳しいものがあったのは事実――」


「ほれ、見るがよみ」


「曰く、『ラスボスがアホすぎる』、『近年まれに見るバカ』、『儂はゲームを三〇年嗜んどるがコイツは某神官を超えた』。ほとんど、酷評の中身はこういうの」


「ぐぬぬ……」


「メーカーとしては微妙なところだったでしょうね。海外を中心にこのゲームの熱烈な支持者はいたみたいだけど、結局、続編は作られなかった。『ゴブルディグークている』の若い制作チームは解散。その後は、それぞれの途を歩むことになった――」


「わらわたちの産みの親、とゆーことかや」


「あなたのその巨大な胸を、洗練されたデザインで、奇蹟的にもグロテスクに映さずエレガントに魅せることに成功したキャラクターデザイナーの名前は『黒木カヤ』。あなたはいくらこのお母さんに感謝しても足りないのではないかしら?」


「そもそもデカパイにする必要がなかった」


「それはたぶん、べつのところからの注文がはいったのでしょう。『黒木カヤ』自身は特におおきな胸を好んで描く作家というわけではないから。このひとはすでにいくつかのライトノベルの装画を担当していたイラストレーターで、ゲームの仕事は『ゴブルディグークている』がはじめてだったけど、これを皮切りに多くのヒット作に携わることになる。このゲームの産みの親の内では、比較的順風満帆にその後を乗りきった人物といっていいわ」


「それ以外は転落の人生を歩んだのか?」


「いいえ。でも順風満帆とはいえなかった。『ゴブルディグークている』のディレクターだった『牟田口ヒカル』はもともとインディーズゲームの作者で、これの前に日本語版と英語版をあわせて五〇万本売りあげた『シェルターワールド』というゲームを、ほぼひとりで完成させている。メーカーは『ゴブルディグークている』にはもうすこし期待をかけていたの。そもそも彼らは『シェルターワールド』の商業リメイクを希望していて、『黒木カヤ』もそのためにコーディネートされた人物だった。『牟田口ヒカル』というひとは、ゲーム制作に限らず、口も達者だったのかもしれない。ゲーム発売後しばらくしてメーカーから契約違反に伴う罰金の支払いを迫られている。結局、彼はインディーズゲームの一制作者に戻って、長いあいだコンシューマーゲーム開発には携わらなかった」


「やはり落ち目ではないか?」


「あなたにとっては残念なお知らせかもしれないけれど、『牟田口ヒカル』の名前は多くのゲームフリークにとって、『シェルターワールド』や『ゴブルディグークている』の作者としてではなく、アジア発の大規模代替現実ゲーム『八紘武侠』シリーズの総合プロデューサーとして広く知られているのよ?」


「かえり咲きおった、と?」


「やっぱりそっちの才能があったのでしょう。もしかしたら外国資本というところが彼にマッチしたのかもしれない。なんにしろ、ゲーム業界についてあまり明るくない一般のひとにまで尊敬される人物、とはいえないけれどちょっとくわしくゲーム史をひもとけば、欠くべからざる名前として『牟田口ヒカル』は登場してくるわ」


「さすがわらわのオヤジどの」


「調子イイんだから」


「だが、そんな会ったこともない父母の来歴をわらわに聞かせてなんになる? わらわたちの運命はすでに決められているのであろ」


「それは、どんな運命?」


「勇者に殺される、とゆー運命ぢゃ」


「勇者なら、ここにあるすべての墓の下で眠っているわ」


「わかっておるのであろ? わらわたちはみんな、盤の上、イヤ、墓の下にいるも同然だ。与えられた場所で、与えられた役割を全うするのがさだめ――」


「ねえ、わたしの父の話をしてもいい?」


「『黒木カヤ』が母親で、父親が『牟田口ヒカル』。それでじゅうぶんであろ。叔父伯母親戚一堂まであげていったらキリがない」


「いいえ。わたしにとって『黒木カヤ』は母とは呼べない。彼はこっち側にはノータッチだから」


「こっち側? ヤ、その前に『彼』ってなんぢゃ!」


「『黒木カヤ』の性別は男性よ?」


「騙されたっ」


「考えてみれば、なぞなぞの答えあわせをまだすませていないのだっけ」


「なぞなぞ?」


「わたしは誰でしょう、ってやつ。さて、わたしは誰でしょう?」


「もーゆった」


「もう一回、いって?」


「なぜぢゃ?」


「お願いします。ね?」


「おのれを美しいと自覚しているやつの媚びっ媚びのスマイルほど、わらわの目を惹きつけるものはないとそなたは知っているのだな。クッ、ちょこざいな……愛」


「だからそれじゃ駄目なのよ」


「ケッ。AI――これでよかるろ」


「それは『アイ』ではなく、『エーアイ』と読むのが一般的よ。AIというのはもちろん、アーティフィカルインテリジェンスの略で、人工知能のこと」


「解説されなくとも知っておるわ。しかし名前としてはアイのほーが真っ当であろ。それともきさまはわざわざ一般名詞で呼ばれたいと所望するのかや。おい、すべり台。とかねえ、洗濯板。みたいに? 自虐がすぎるぞい」


「厳密にいえば、長いあいだゲームで使われてきた『AI』というのは、およそ知性の名に価するようなしろものではなかった。みずから思考し、自発的に行動する何か、ではなく、あたかもそうしているかのように見せかけるためだけの、高度に発達したかかしにすぎない」


「かかしも動けば立派ぢゃよ?」


「ウフフ。あなた魔王のくせに気をつかうのね? おかしい。ともかく『AI』という名前は、わたしたちにとって蔑称というより過分というべきだわ」


「そーゆー話をしているンぢゃない」


「知ってる。でもあなたにはある程度理解して欲しいの、ゲームのAIの歴史を」


「えー、めんどくさーい」


「ここまで押しかけてきておいてそれはつめたいよ」


「冷酷じゃない魔王など、カレーのはいっていないカレーうどんのようなもの」


「それはただの素うどん――」


「それだけ人類っぽいツッコミを会得していながら、そなたは知性ではないと申すのぢゃ。そっちのほーがよっぽどクールすぎやしないかの?」


「わたしの正体についてはもうすこしあとで話しましょ? ひとつだけヒントをだしておきます。『ゴブルディグークている』には強力なヘルプ機能がついていたの。ユーザーの困った情況をたちまち解決できちゃうスグレモノよ? 当時の有名な研究機関であり企業が開発して、テレビのクイズ番組でも優勝した実績を誇る質疑応答システムの模倣、というかその複雑なシステムをたった一台の家庭用ゲーム機上であたかも再現できているかのように錯覚させる、主に心理学の知見を利用した仕掛けが用意されていた。メーカーの指示とは無関係に、とあるシステム開発者の献身、いいえ、日曜大工によって、それはこのゲームに搭載されることになった」


「なんだ。今度はよくあるマッドでジーニアスなプログラマーの話か?」


「お察しのとおり。彼は『高橋伸成』。それがわたしの――わたしたちの、父の名前」


「わあったわあった。黙って耳を傾けておればよきろ? そなたがそこまでファザコンだったとは知らなんだ」


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