Cパート


 とうとつに訪れた最後の夜、あたしは天使ちゃんと同じ部屋で寝ることにした。


 寝いる前に交わした最後のコトバがなんだったのか、あたしは憶えていない(っていうか、天使ちゃんはいまだカタコトしかしゃべれなかったから、何かいってたのはあたしだけで、だから厳密にはどんなコトバも交わさなかったということになるのかもしれない。だけど誰かといっしょに寝たことのあるひとならわかると思うけど、沈黙や静寂や呼吸の音だって、ばあいによっちゃ濃厚なおしゃべりになりえるのだ。そうでしょう?)。まぶたを開けるときに肌がつっぱるような感覚があったから、眠る直前か、もしかしたら眠っているあいだに泣いたのかもしれない。


 まだマヨナカだった。


 正確な時間はわからないけど、たぶん、草木も眠るうしみつ刻ってやつだ。


 どうしてこんな中途半端な時間に起きちゃったんだろう、と疑問に思う間もなく、となりに天使ちゃんがいないことに気づいた。


「天使ちゃん?」


 あたしの呼びかけに応えるように、開いた窓から風が吹きこんだ。


 アレ? 閉めてなかったっけ、窓。


 背筋にぶるっと悪寒が走る。この季節にしてはやけに冷たい風。


 ひとまず窓を閉めようとして、窓際に近づく。


 外はまっ暗だった。


 今夜は月がでていないんだな、と思って空を見あげる。


 赤だった。


 そこには鮮血のように真っ赤に染まった天球が蔽いかぶさっていて、あたしはわが目を疑う。



 ――アラ、目ヲ醒マシテシマッタノ。



 いちめんの赤を背景に、遠ざかる背中がこちらを振りかえる。

 刹那、黒々とした影が地平線の彼方に隆起して、津波のように一挙に押しよせると、手を差しのべる暇も与えてくれずに、その華奢な肢体を頭からごぶりと呑みくだした。



 ――ワガ魔王。オ迎エニアガリマシタ。


 ――フン。遅カッタジャナイカ。マア、ヨイ。控エヨ。



 ずっしりと粘り気のある影が退き、その一部があのヒトの背中に貼りついて夜そのものをまとうかのような外套を形づくる。


 あたしは全速力で駆けだし、あのヒトの許へ近づこうとするけれど、まだだいぶ距離のあるところで、本人に制止させられた。



 ――ソレ以上、近ヅイテハイケナイワ。見エナイノ?


 ――何が? 



 問いかけるように見かえすと、あのヒトは視線で周囲を見るように促した。天のいただきを仰ぐようにくびをめぐらすと赤い夜が点滅するようにまばたきをしている!


 目、だ。


 赤い夜と思えたそれは、すべて赫々と輝く眼光だった。夜空に瞬く星の数を凌駕する数限りない目(目)、目(目)、目(目)、目が、あたしとあのヒトを囲繞し、空のいちばん高いところからいちばん低いところまでをびっしり埋めつくしている。そしていっせいに、地の底に押しこめられた哀れな生き物であるあたしたちを上から覗きこんでいたのだ。


 ほんとうは存在しないはずの視線の重さに耐えかねて、あたしはその場にぺたりとお尻をつけて座りこむ。両足がどこかに飛んでいってしまったかのように力がぬけて立ちあがれない。



 ――世話ニナッタオ礼ニ殺サナイデアゲル。ココデオ別レヨ。



 嘘だ。


 あたしはここで殺された。


 ひとつの生命体としてはどうだか知んないけど、魂と呼べるものはこなごなにされてしまった。すくなくともこの夜を境に、あたしの少女時代が終わったのは間違いなさそうだ。


 あたしはゆいいつ動かせた咽喉を必死でふるわせ、声が嗄れても叫びつづけた。


 せめてそれくらいは知っておくべきだ。あたしを殺した相手の名前を。



 ――アナタは、誰?


 ――妾ハ魔王。即チ



 微笑む。最高に美しく、最低にむごたらしい微笑を。






 ――
















ブラックアウト



「で?」


「デ、トハ?」


「これはなんじゃ、と聞いておるのだ、〈巨匠〉」


「ワガマ魔王ノ証言ヲ基ニ書イテミタ。自信作」


「マがひとつ多いぞ」


「ワガ王?」


「減ったね、ひとつ余計に」


「ワガママママ王」


「それだとお母さんの王さまみたいぢゃね。しかも傍若無人」


「ワガママナ魔王」


「フツーに批評が始まっちゃったぞい」


「モウ面倒クサインデ〈ワガマ以下略〉デイイデスカ?」


「いいわけあるかーい」


「ヲヲ。イツノ間マニカ漫才ニナッテタ。吾輩タチ息ピッタリ」


「またマが増えとる」


「イツノニカ?」


「ループループ。これえいえんに続ける気?」


「テンドンテンドンテンドン。イイマツガイヂャアリマセンヨ、決シテ」


「素だったんか。もおよみ。それよりわらわの質問に答えよ。このナマモノっぽい二次創作はなんなのだ?」


「二次創作チガウ。実録小説。のんふぃくしょんのべる」


「どこがじゃ、ほとんど捏造ではないか。だいたいあの娘が何を考えていたのかなぞ、わらわが承知しとるはずがなかろ」


「ソコハ作家ノ想像力デ補ッタ」


「それを捏造とゆーんぢゃ」


「捏造チガウ。創造。溢レデルぱとす」


「どっちゃでもよみ。わらわが聞きたいのはどーしてこんな夢小説を書かねばならんかったのかってコッタパンナコッタ」


「ソレ、作中きゃらガ使ッテタイイマワシ。ワガマ、影響サレテル?」


「うるさい。あと〈以下略〉まで略すな」


「吾輩ハ『魔王システム』ノ外部記憶装置。ワガマノ主観的記憶トハ別ニ、客観的記録ヲ残スノガ吾輩ノ使命」


「これのどこが客観じゃ。きさまの趣味であろ」


「趣味チガウ。実益実益」


「特殊な性癖を持つものにしか役に立たんぢゃないか。こんなものを読まされる後世の魔王の気持ちを考えよ」


「素敵ジャナイ?」


「すてきじゃない」


「判ッタ。デハ、冒頭ニチョビットダケ加筆スルトシヨウ。アラユル厄介ナ問題ヲ解決デキチャウ魔法ノ呪文。文明ノ智慧。コレデ完璧!」


「期待はせんぞ? ゆうてみい」


「『この物語はフィクションです。登場する人物・団体等の名称はすべて架空のものであり、実在のものとは一切、まったく、なあんの関係もありません』」


「うん。知ってた。キサマがぽんこつなのは。もー十五匹もの魔王に仕えてきたんじゃものな。ガタがきててもしかたない、しかたないんじゃ。だからこらえよ、わらわ」


「ふぁいとぉ」


「ブチッ」


「せーぶシマスカ? y/n」


「エヌ。リターン、じゃ。削除に決まっておろ。ふう、危うくガワごとふっとばすところであった」


「吝嗇ト書イテけちー」


「早く実行せよ」


「ドウシテモ?」


「きさまのいまの主人は誰だ?」


「判ッタ。吾輩ノ個人でぃれくとりニ保存シル。魔王閲覧不可、コレデバッチシ!」


「おい」


「伺カ?」


「何ほざいとんじゃ。会話が咬みあってないぞよ?」


「非常ニ高度ナれすぽんす。現在ノ魔物ニハ早スギタ」


「わらわに理解できんなら、誰にも理解できむよ、〈巨匠〉の語彙は」


「ソレハ真理。何ニシテモ無事ニ戻レテ何ヨリ。オカエリナサイ、ワガ主」


「うむ。ただいま」


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