16.3 会議は踊る
「――もう一度、いっていただけますか?」
「わたしたちはこの戦争から手を引く、と申しあげました」
「本気?」
「そのような甘言、信じられるか!」
「われらを謀るつもりだな、この愚劣な魔物めが」
「(おお、そなたと同じことをゆっとるぞ。女騎士?)」
「(うるさい。耳許でささやきかけるなっ)」
「(ふーっ)」
「(息も吹きかけるなっ)」
「(いまビクッとしたろ。うひひひひ、すっかり調教されおって)」
「(へんないいかたするなっ。あたしがしているのは調停だ、調教じゃないっ)」
「(なんとなく巧いことゆったみたいな気分になっとるトコ悪いが、それはそれ、これはこれ、であろ。あの熱い夜のコトを忘れたとはゆ・わ・せ・な・い、ゼッ?」
「コホン。わが魔王、最後のほう、声をひそめられていませんでしたよ」
「あー、すまんすまん。わらわ、同じことくりかえすの厭きちった。これ何回め?」
「ですから本会議まではお休みいただいて結構ですと申しあげたではありませんか。ここはわたしとキッスさまにお委せください」
「〈副官〉ちゃんはともかく、〈暗殺者〉が渉外担当ってどーなのよ。ブッソーじゃない」
「アタシをその名前で呼んでるの、いまじゃわが魔王だけだけど?」
「わらわの用意してやったスーツよく似合ってるぞ、〈暗殺者〉。やっぱり黒が映えるなあ、そなた」
「……ありがと」
「しゃーない。〈奴隷商人〉か、〈道化師〉のところにでも行くか。あっちでも、こっちでも、会見、交渉、事前協議でわずらわしいったら。一足飛びにばびょーんとわらわと王子サマが直接会談すればすむ話ぢゃないかしら?」
「人類社会はそういうふうにはできてないっ。組織を動かすには大勢のヒトの手が必要だ。地道にねばり強く話しあいを重ねていくしか途はないのだ」
「脳筋のくせに、ご高説垂れてくれんじゃんか、女騎士?」
「うっさい。あたしはあんたの戯れ言を信じた。信じたからにはこの会議は絶対成功させるっ」
「案外素直じゃったな。さすがは、くっコロ系ちょろインの名にし負う存在」
「魔王ってときどきわけのわかんない『人類共通言語』使うよね。たまに流しっぱなしでいいのか不安になる」
「よみよみ。以前にもゆったと思うけど、わらわの『叡智』はしばしばこの世のどこにも存在しない事象を参照するよし。深くツッコまれたところでわらわにも説明できんのぢゃ。考えるよりもさきに口から放たれる、百万の矢のように」
「なんか、魔王も魔王でタイヘンだね。そんな気もないのにヘンテコな単語がでてきちゃって。前にフザけてるとかいってごめん」
「いいえ。わが魔王は九分九厘、フザけてます」
「ひどい、〈副官〉ちゃん! せめて魔王のハンブンはやさしさでできてます、ってフォローしてっ」
「では残りの半分はひとでなしで」
「そりゃ魔物だし」
「当たってる」
ブラックアウト
「して、首尾はどーであった?」
「華の邦には合理的な人類が多いようですな。当方の話も冷静に受けとめておりました。あれならば適当なエサさえ撒いてやれば、くいついてくるものと」
「うむ。それにしてもおまえのしゃべりかたはどーにも悪役チックだね、〈奴隷商人〉」
「こちらも問題なしでございます」
「まぁ、そおだろーな、〈道化師〉よ? きさまのようなユカイな仮面を被ってる魔物の話を聞いてくれる寛大な国のやつらだもん」
「何をおっしゃいます。この日のためにハレの仮面を新調したのでございますよ?」
「わかんねーズラ、オラにはわかんねーズラ、いつもと同じピエロの仮面にしか見えねーズラ。それはそーとトリニダニ渓国ってのは人口五〇〇人に満たない、国とは名ばかりの限界集落なのであろ?」
「はい。勇者選定の儀式に深く携わる都合上、この『五か国連合』に参加しているもようです」
「ほかの四か国のでかたしだいってトコじゃろな、実際は。それじゃつぎ、〈美雪〉は?」
「申しわけないのですが。本日のところは持ち帰って協議するとのことでした」
「複数の自治都市が集まった連邦国家だっけ、〈美雪〉に委せたシルジルバってのは。ならばしかたなかろ。それよりおまえまでこんな仕事に狩りだしてすまないね、ずっとお城で暮らしてたのに」
「かまいませんわ、わが魔王」
「で、残りのこっちが、サーシュ王国と大メス王国か。サーシュはともかく、メスは取りつく島もなかったの」
「無理もありません。自国の領土にわが魔王の城を建てられ、国土の決してすくなくない部分が瘴気によって汚染されたのです。人的被害も最も多い」
「その上、戦争をやめたとしても当分わらわたちはでてゆかぬ、ときた」
「メスから見れば、勇者の手で魔物を一掃したほうがてっとりばやいと考えたとしてもしかたがないかと」
「『五か国連合』の盟主たるサーシュのとりなしに期待するかな」
「さいわい全権代表を務めるサーシュ王国の第二王子は、さまざまな意見に広く耳を傾ける好人物と聞いております」
「傾けるだけじゃなあ。まとめる力はどうなのかしら。女騎士は会ったことあるん?」
「むろんだ。勇者の後援会の会長さんだから、何度かお目にかかったことがある。気さくなかただよ。傑物ではあると思うが、ただ、まだお若い」
「おまえがゆーなよ、小娘。その年齢で達人級ってじゅうぶん異常じゃぞい」
「いまのあんたの見ためだって、あたしら人間側から見たら異常だよ。どっからどう見てもただのか弱い女なのに、これだけの魔物に囲まれてふんぞりかえってるんだから」
「ただのか弱い女、だと。百年に一度の美少女と呼ばんかい」
「いや、さすがに少女は無理だろっ」
「しかたがあるまい。一万年と二千年に一度の美女でがまんしてやるわい」
「くっ、真っ向から否定できないところがくやしい。ともかく、あたしより若いんだよ、エクベット王子は」
「そんじゃ若いってゆーより幼い、だわい。あまりはかばかしくないねえ」
「そう悲観的にならずとも。会議は始まったばかりです」
「そーだけどさあ。この会議が成ったとして、まだたった五か国じゃぞ。この地上にはいくつくらい国があるんだっけ?」
「さて。百は下らぬかと」
「わらわ、もおうんざり。そもそも勇者ってのは全人類のために戦ってんだよね。それを支援するために表だって活動しようって国が五つしかないってどゆこと? もっと規模を拡げたらいーじゃん、勇者はみんなのために、なんだから、みんなも勇者のために働きなさい。そしたらいっせーのせえっ、でぜんぶの国集めて会議できんじゃん、おまえらの勇者だろ」
「魔界でもすべての魔物がわが魔王を支持していたわけではありませんな」
「揚げ足取んなやー、〈奴隷商人〉のくせにー」
「短気は禁物です、特に交渉の場では」
「おまえ、ゼッタイ魔物じゃないよね。人類だよ人類、この霊長類ヒト科!」
「あ、あんまりじゃあ」
「あのさ、あたしがいるところで『人類』を悪口として使うのはやめてくれないか。こっちが傷つく」
「イヤ、女騎士。きさまにもひと言ゆってやらねば」
「と、とばっちりっ」
「きさまの生まれた国も『連合』に不参加なのはなぜぢゃ。おまえ、勇者の一行に加わってたんであろ。それなのに故郷から支援もらえなかったんかや?」
「セントレア半島は小国がひしめいているから利害や閨閥や同盟関係が複雑なのだ。そのなかで、わが故郷だけが勝手な行動をとるわけにはいかない。公爵さま個人はあたしを笑顔で送りだしてくださったよ」
「確かに、あの辺りは国と国との小競りあいが頻発しておりました。わが魔王もよくご存じのとおり」
「めんどくさっ。人類、めんどくさっ」
「頼むよ、魔王。あたしたちだってほんとうは魔物を狩りたくないんだ。敵である魔王たちが作ってくれたこの機会を無駄にしたくない」
「わかっておる。人類にさよならをゆーために、わらわもバリバリ働く所存じゃ」
「最終的にどっちに転んでも通じそうな表現ですね」
「〈副官〉ちゃん。そのツッコミは蛇足」
「これは失礼――」
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