19.9 勇者を待ちながら



「それでこれからどーする、女騎士?」


「どうする、とは?」


「こーして会議が成功裡に終わったからにはきさまは用ずみである。くしゃくしゃにまるめてポイッ、しちゃってもわらわはいっこうにかまわぬよ」


「ほんとうにヒドい魔物だな、魔王は。ヒトを紙くずみたいに」


「女騎士を紙くず同然に扱う、ってこの一文だけでお茶碗三杯はイケソー」


「すまない。ぜんぜんわからないのだが」


「え。わらわに解説を求めちゃう? 求めちゃうの? 求められれば応えぬわけには捕らぬタヌキの皮算用まずは『コミック百合姫』を買ってきてそれをテキストに始めてみよーしセンセーがんばっちゃうゾ!」


「なんか話が変わってないか、なんとなくなのだが?」


「え。だってわらわどー見てもオークって柄ぢゃないじゃん? ブヒブヒ鼻鳴らしたくないし。だったらこっちかな、って。魔王と女騎士のほんわか百合百合ライフきららキャラット、ここに開幕! いま、あなたの夢のステージが、くわぁみんぐすーん」


「とりあえず、いったん家に帰ろうかな」


「ををーい。棄てないでー」


「あたしは紙くずのように魔王を棄てたりしないから、ちゃんと会話に戻ってこい」


「……うん。わあった」


「まったくこどもなんだかおっさんなんだかわからないところがあるよな、魔王は」


「底が知れないのは魔王の属性のひとつである」


「底知れなさの方向性が間違っている気がする」


「それよりあの女医のところへ戻るのか? ならばいつぞやは世話になったと伝えてくれ。ついでに妹御にもよろしく」


「……誤解は解けたとはいえ、魔王のせいであの子が変わったのは事実だ。それでもし妹が危ない目にあったりしたら、ふたたび苦情をいいに舞い戻ってくるからなっ」


「そのときは歓迎しよう。せーぜー腕を研いてくるがよみ」


「ああ。今度こそ目にもの見せてやるっ」


「ところで勇者とはもー合流する気はないのか? 会議の席にも結局、現れんかったし」


「あれ。いってなかったか? みんなはいま『世界の臍』を探索中だ。あすこは専門の探掘家でも、底まで潜るのにひと月以上かかる難所。まだしばらくは帰ってこられないと思うけど」


「そおぢゃったっけ?」


「だからさきに勇者の後援会に話をつけに行ったんだろ、本人を後まわしにして」


「そーゆわれると、そんな気もしてくるわ」


「あたしはあすこに潜る前に戦線離脱したから」


「仮病を理由にの。それで単身、わらわの城に乗りこんでくるって命知らずにもホドがあらあ。どんだけシスコンなんだよ、女騎士」


「うるさいっ」


「で、そのダンジョンには何しに行ったんだ?」


「伝説の剣探し」


「ふおん。いかにもなミッションぢゃな」


「魔王の城のまわりって瘴気が立ちこめていて、ふつうの人類には近づくこともできないだろ。それを晴らすのに五振りの聖なる剣の力が必要なんだそうだ」


「そなたはフリーパスではいってこられるのに」


「あたしンちの血統が特殊なだけだ」


「それが地の底の底にある、と。五つともかや?」


「いや、ひと振りだけだ」


「ちなみにいまいくつ集まっとる?」


「ひと振り。つぎで二本めだ」


「まだまださきは長いなー」


「でも、もう剣を探す必要はなくなった。つぎは『繭』探しだ。帰ってきたら驚くだろうな、あいつら」


「とりあえず、ちゃぶ台がえしをされないように祈っとるぞい」


「ハハハ。魔王じゃないんだ、そんな心配はいらないさ。一行の内には好戦的なのも交じっているが、本人はきわめて温厚なやつだから」


「そうはゆってもデウス・エクス・マキナは、どこにでもひそんでやあがる黒いアレみたいなもんでの」


「なんなんだ、それは」


「またの名を機械仕掛けの神。わらわたちの献身や純情、それから物語の熱い展開などおかまいなしに、時間がきたら窓口閉めちまうお役所みたいな憎いあんちくしょうだ」


「神サマか。どっちかといえば、いま、それにいちばん近いのは魔王じゃないのか?」


「で、あればよみ――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る