地下第九層
「おらんの。嫁とお義父さんと、それから勇者の三人組であろ?」
「正確ニハ嫁ジャナイ。許嫁」
「でも未来の花嫁の父といっしょに世界を救う旅にでるってどーなのよ? やっぱ勇者の旅ってゆったら、恋と冒険じゃん? 行くさきざきで、宿屋の娘とか、盗賊の娘とか、王族の娘とか、あまつさえ魔物の娘とかと、こましてこましてこましまくるのが、使命ってゆーか、本業ジャナーイ?」
「本業は世界を救うほうだろ、せーぜー副業にしとけ」
「でもそーだべ」
「そりゃ港々にスケを作るのは男のロマンだけンども」
「〈猫〉はお姉さまひとすじニャ」
「あ。いまはそーゆーのいーです」
「ふにゃー、扱いが雑っ。お姉さま、全力で厭きてきてるニャー。早く勇者をめっけニャいと、〈猫〉かまってもらえなくなンニャー。ぽんこつ、人類、てめーらも瞳孔をかっぴらいて探しまくニャい」
「もーあらかた行きつくしたんぢゃなかろか、この階層。くらやみそのものが物質化して迷宮を形成しとるから、どこがどこだかさっぱりぢゃけんど?」
「だな」
「やっぱりいれちがいになったとゆーコトかの?」
「あの福音司祭の坊から連絡がないところをみると、その可能性は低そーだ。可能性があるとすれば――」
「ここよりさらに下層、とゆーことかや」
「ビンゴ。なんだ知ってたのか?」
「そなたがゆったんであろ、一般的にはここが最下層とされている、と。一般的には、とゆーことはウラをかえせば特殊な事例がある、とゆーことではないか」
「おれたちがここで活動してたのは、いまからもう十年以上前んことンなるが、その時点で上から九層はほぼ探索しつくされていた。あとはいよいよこの第九層にある『地獄の竈』と当時呼ばれていた、さらに深部へ通じる大穴を残すだけとなったんだが、いざ下りてみたら、そこには先住民がいたんだ」
「先住民?」
「うん。魔王だからいっちゃうけど、ヒトと魔物の交雑種。それがまあ、ひとつの文明らしきものを築いてひっそりと暮らしていたってワケ。彼らは特に好戦的でもなく、いつか地上を乗っ取ることを夢見てるわけでもなかった。だけどおれたちニンゲン、まー人類ってのは自分たちの足の下で自分たちとは異なる文明を繁栄させている存在に耐えられるだろうか?」
「無理ぢゃな。すくなくともわらわの知っとる、魔物とはべつのアホさかげんを持っておる人類では不可能じゃ」
「おれたちもそう考えた。だから『地獄の竈』にフタをすることにした――」
「なかったことにしたのケッ、ここより下を」
「あちらさんもそれで納得してくれた」
「クサイものにはフタ、とゆーわけぢゃな。人類最強にしてはしみったれたことをしゃあがるわい。しょせん、そなたも朱に交わればなんとやら、とゆーことか、ぺっ」
「あのクロサワって勇者ご一行の武闘家が、自分たちに同行している道先案内人がいるっつってなかったか?」
「知らん」
「ナニ怒ってんだ、魔王のくせに」
「怒リジャナイヨ。愉楽ダヨ?」
「これ、わらわのせりふを盗るでない。〈巨匠〉のくせに剽窃かよ?」
「コレハぱすてぃーしゅ。マタノ名ヲりすぺくと」
「いーから聞けよ。その道先案内人、名前はカソードってんだが、そいつはこの下の世界の住人だ」
「あ? 断絶したのではなかったのか」
「未来のことはわからないが、おれたちはいきなり異文明と衝突する途は選ばなかった。それがどーゆー結果になるかは、魔王、おまえもよくわかってンだろ。おれたちが選んだのは、人類がそれと知らないうちに徐々に交流が進んでいるってやりかただ。結果がでるのはおれたちみんなが死んだあとになる。無責任っていわれればそのとーりというしかないが、それが、世界の選択だ」
「そのおれたち、とゆーのは誰なのだ?」
「あのとき第十層に達したおれを含めた数すくない探掘家と、この下の世界の住人全員」
「それで世界の黒幕気取りか?」
「いっとくが、このおれさまが握ってる世界の秘密はこれひとつっきりじゃないぜ?」
「はいはい。わらわ、そーゆーのキョーミないから。わらわはわらわのことだけでせーいっぱいぢゃもん」
「たぶん、それがいちばん賢い選択だな」
「しかし、きさまがどんな気まぐれでわらわといっしょにダンジョン攻略する気になったのか知れただけでも収穫だわ。いやはやまったく人類とゆーのは、どいつもこいつもツンデレしかおらんのか?」
「隠しごとがなけりゃ生きてはいけない生き物なのさ、ヒトってのは」
「結局、ゴールはまだとゆーことかや」
「つぎで最後だから」
「ほんとーであろな?」
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