地下第六層(承前)



「――つまり、ここにはもう勇者はいないのか?」


「ああ。最後にここに戻ってきてから二週間近くになる。この下の第七層の探索に一週間かかったことを考えれば、いまは第九層か。順調に行けばもう剣を手にしている頃かもしれんな」


「その聖なる剣とやらは九層にあるのかや?」


「そうと決まったわけじゃないが」


「一般的にはそこがこの『世界の臍』の最下層とされている。ここまで隈なく探索してきたとすれば、可能性があるのはそこだけってこった」


「それにここんとーざいお宝っていうのはデスね、迷宮のいちばん奥に隠匿されているものと相場が決まっているのデース!」


「よーするに、わらわたちもまだあと三層、潜らねばならぬとゆーわけぢゃな」


「そこまでうんざりするこたねえだろ。おれたちがここにはいってからまだ一週間も経ってないんだぞ?」


「一週間? この途ひとすじの探掘家でも、この第六層まで二週間はかかると聞いている」


「ナニナニ、コースレコード更新?」


「魔物ハ勘定ニイレマセン」


「あんたら、ほんとうに魔物なんだな。いや……でも……しかし……まさか……」


「クロサワさん、いいかげん、現実を受けいれませんと」


「わかっている。わかっているんだが……」


「十二歳児に諭される達人級の武闘家とゆーのも風情があってよみよみ」


「――わたしは認めます。そのかたがふつうの人間の女性でないことはわかりますから」


「サヤ。動いて平気なのか?」


「そこの世界最強の魔法使いとやらが処置してくれたおかげで、サヤもあたしもだいぶラクになったわ。ここは地霊の力が弱いから」


「どーいたしまして。美人が苦しんでいるのは放っとけないタチなのでね」


「おっさんが色目を使うニャ。キショくワリ」


「三十五はまだ現役ですぅー、それにおれ独身だし」


「すみません。ボクの付与魔法じゃ追いつかなくて」


「気にすんな。その歳で強化に関しては達人級ってだけでもたいしたもんだ」


「そんなっ。信じられない。先生にほめられちゃいました」


「愛されておるの。だが、気をつけよ。この手のタイプは一歩間違うと厄介ぢゃぞい」


「サスガ経験者ハ語ル」


「にゃン? どーしてそこでいっせーに〈猫〉を見るニャ?」


「隊長! この猫、自覚がありません」


「マリクシードどのはこの……その……ま、魔王、さん、とは以前からの知りあいなのか?」


「魔王でよみよみ。そんなに脅えるなし」


「はあ、わかった魔王」


「いや。知りあって二週間も経ってね」


「それにしてはずいぶん親しくなっているような」


「半分人類やめちまってるようなやつぢゃからな。魔法使いってのはきわめると魔物に近づくとゆー話もあるくらいぢゃし」


「どっちかっつーと、おまえさんのほーが、ヒトに近づいてるカンジじゃねーの?」


「失礼ニャこというニャよ人類。お姉さまはお姉さまであってお姉さま以外の何ものでもお姉さまニャニャのっ」


「おまえ、ゆってるコトの意味わかっとらんだろ、〈猫〉?」


「にゃにゃにゃー、お姉さましゅきしゅきーごろごろなーん」


「ほんとうにこれがおれたちの……人類の……敵……の本性だというのか?」


「マァ、人生なんてそんなもんじゃないか。アタシだってまさか会社をクビになって伝説の勇者といっしょに旅をするなんて思ってなかったし。こんなのが魔王でもいまさら驚かないっていうか」


「サヤだけじゃなく、ゴルゴネイオンまで納得しただと……おれはまだ……」


「クロサワさん、あっちでちょっと、お酒でも飲みますか?」


「十二歳児に一献勧められる達人級の武闘家とゆーのも風情があってよみよみ」


「そいでどーすんだ魔王。さっきの話がほんとーならここで二、三日待ってみるってのもひとつの手だと思うが?」


「ヤ。さきへ進もう。わらわは待ってるだけの魔王を卒業したんぢゃから」


「?」


「ちびっこエンチャンターよ。もしいれちがいで勇者が戻ってきたら、わらわが会見を望んでいると伝えておくれ」


「ハイッ。先生とは『第六精霊回線』をつないでおきましたからいつでも連絡できますデース」


「っていつの間に?」


「サスガ未来ノすとーかー」


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