34 あなたの宿命の物語



「わらわ?」


「うん」


「わらわの話にどんな価値があるのかや。わらわはしょせん、ゲームマスターが動かすゲームの駒。その正体は人類であるところの『プレイヤー』に詰まれるために存在する、最後の難関、それ以上でもそれ以下でもない、のであろ?」


「もう一度謎かけがしたいわ。さて、わたしは誰でしょう?」


「何回同じことを訊きゃ気がすむンぢゃ?」


「あなたのためなら何度でも。ほんとうはうすうす気がついているんじゃない?」


「何を」


「ねえ、応えて。わたしは何?」


「『メタAI』。自分でゆったであろ」


「そう。わたしは『メタAI』。ゲームを構成するたくさんの仕組みの中のひとつ。たとえば、そうね、RPGでは敵から攻撃を受けたときに発生するダメージを計算する公式というのがあるでしょう? 敵と味方の攻撃力や防御力といった数々のステータスを、加減乗除して妥当な数値を導くわけだけど、本質的にはわたしはそれと同じものにすぎない。ところで式はしゃべると思う?」


「あ?」


「何かの比喩としていっているわけではないのよ? 数式はしゃべらない。というより数式や楽譜はそれ自体がひとつの言語なのだから、べつの形式でメッセージを伝える必要がない」


「もったいつけるのもいいかげんにせいっ」


「わたしはユーザーインターフェースを持たないの。こんなふうに、目で見ることのできるグラフィカルなやつに限らず、ね」


「見ためは純真無垢な二次元美少女ぢゃけんど、中身はおっさん、みたいな?」


「ぜんぜんちがう。『メタAI』はしゃべらない。なぜならメタだから」


「うむ。毎週やってるアニメやドラマの最終回で、本編無視していきなり冒頭からスタッフ座談会(ただし、キャストは除く)が始まって、そのまま最終回のあらすじだけしゃべって終わったら、興ざめなことこの上なしであるよな」


「それもぜんぜんちがう。それはただのデウス・エクス・マキナでしょ? やろうと思えばいつだってできる。わたしはそもそもできない、といっているの」


「できとるじゃん?」


「だからほんとうはこれはわたしじゃない。最初にあげたヒントを憶えてる?」


「もお忘れた」


「もうっ。女の子にはやさしくしなさいよね」


「そなた、ほんとうは女の子じゃないのであろ。まったくツゴーのいーときだけ、オンナノコぶりやがって。これだから近頃の〈AI〉は。ぶつぶつ」


「『ゴブルディグークている』には強力なヘルプ機能がついていたの。だから対話に近いことをやれる素地はあった。でも、それは『メタAI』であるわたしの権能ではない。それらは本来べつべつの、それぞれ独立した機能だった。こうしてあなたと話しているわたしは、わたしひとりの力だけで話しているわけじゃない。最低でもわたしたちというべきだわ」


「そなたが単数でも複数でも、わらわの知ったことかよ」


「いいえ。知っているはず。いいかげん、目をかっぴらいてよく見て欲しいものだわ。確かにあなたのいうとおり、エパメノインダサやミョルニロ、つまりあなたの〈副官〉ちゃんや〈とおる〉くんはゲームの駒といっていい。わたしは、彼女たちのパラメーターを操作し、出現ポイントを変更して、『プレイヤー』の緊張感がピークに達したその瞬間に彼女たちのような強敵と会敵するように仕向け、『プレイヤー』の全力を引きだし、また、その限界を突破するときの背筋がぞくぞくするようなスリルと快感を味わうのにうってつけの舞台を用意する。『ゴブルディグークている』に登場する魔物はみんなそう。『プレイヤー』、すなわち勇者に最高のエクスペリエンスを提供するために存在するの。だけど――」


「ちょっと待て。待て、待て待て。するとわらわがこれまでさんざんおしゃべりしてきた相手はぜんぶそなただったとゆーことか? 〈副官〉ちゃんも!、〈とおる〉くんも!、〈工場長〉も!、〈猫〉や〈ガジロ〉さえも! ヤ、ちがうか、そもそもこのわらわ自身、存在しておらむわけだから、設問のしかたが間違っておるのか? アレモコレモドレモゼンブミナスベテ『ゴブルディグークている』のシナリオのうちだったというわけぢゃ!」


「……そんなわけないでしょう? あなたと、あなたのゆかいな仲間たちとの、あの厖大で無意味でヤマなしオチなしイミなしの……同じことを二回いってしまったわ……おしゃべりの数々を、わざわざ書こうなんてシナリオライターがこの世に存在すると思う?」


「あやまれっ、全国のBL作家にあやまれ!」


「『ゴブルディグークている』には二周め以降のおまけ要素として、『まおうー劇場』というセグメントがあったの。ゲーム本編とは切り離されたかたちで、いったんタイトル画面に戻らなければ見られなかったのだけれど、ストーリーの進行にしたがってエピソードは増えていく仕様になっていた。省力化のために2Dの二頭身キャラを使った、単純なアニメーション、というより数パターン程度の差分グラフィックスを切り替えて表示するだけのペーパーパペットシアター、つまり紙の人形劇といったところね。あなたも察してると思うけど、『ゴブルディグークている』のメインストーリーの中盤のヤマ場は、勇者対魔物ではなく、勇者対人類といった様相を呈していた。簡単にいえば、『五か国連合』の内紛からその崩壊までを描いていたの。そのあおりでどうしても魔物サイドの描写は手うすになってしまっていた。だから『まおうー劇場』にはそれを補完する意味あいもあったのだけれど、基本的にはお遊びで、チャットボット――ここは人工無脳というべきかしら――の技術を利用してインターネットから無作為に時事的な話題を抽出してきては、それについて魔物どうしがときどき咬みあっているように見えなくもない不条理な会話をくりひろげる、というのが眼目だった」


「そんなことをして何が面白いのだ?」


「シリアスなゲーマーには不評だったわ」


「それ、見るがよみ」


「『まおうー劇場』はいってみれば公式の二次創作で、あなたをはじめ魔物サイドのキャラ立てに貢献していた。実際、キャラクターグッズの売りあげで見れば、本編イラストやそれに準じたデザインのものより、『まおうー劇場』のデフォルメされた商品のほうが数がでていた」


「魔王に売りあげとかゆわんでほしー。せちがらいわー」


「それに『まおうー劇場』のおかげで、あなたはユーザーから愛された」


「どーゆー意味ぢゃ?」


「『まおうー劇場』におけるあなたは、意図的に時代遅れのネタを選択するアルゴリズムで書かれていた。具体的にいえば、このゲームが発売される一年以上前、ばあいによっては十年以上前のインターネットスラングを多用する性格づけがしてあったの。それに対して〈副官〉ちゃんたちほかの魔物は、ストーリーの情況に応じて的確に最新のトピックスをさらってきたから、あなたのコメントはつねに的はずれだった」


「それがどーして愛される?」


「ちょっとおバカなキャラのほうが愛されるものなのよ、すくなくとも当時の考えかたでは」


「他人を見くだして優越感にひたれるからかや」


「あなたのばあいは、それだけではなくて、ゲーム本編におけるシリアスなバカさかげんが中和されたという点も見逃せない。

『まおうー劇場』があったから、ゲーム中でたとえあなたがどんな愚かな行動をしようとも、やれやれ、あのまおうーさまーならしかたがない、と容認される空気が醸成されることになった」


「それがなんぢゃ。わらわのキャラ設定が制作者サイドじゃなく、ユーザー主導で行われたからといってなんの慰めになる? わらわが非実在魔王であることに変わりはないではないかっ」


「すくなくともあなたがこれまでおしゃべりしてきた相手はわたしではない、ということはわかったでしょう? 本編のシステムであるわたしは、『まおうー劇場』には関与できないもの」


「どっちにしろ、これはただのチャットボットの会話ログにすぎむ、とゆーことであろ?」


「本来なら、そう、それはそのとおり。でもあなたの内に、いまもまだその記憶が残っているのなら、それはきっと、ほんものだわ」


「ええいっ、しゃらくさい。はっきりとゆったらどうぢゃ。わらわの話し相手の正体を」


「ねえ、『イマジナリーフレンド』って知ってる? 『AIディレクター』の呼称を否定しておいてなんだけど、このばあいは逆に『イマジナリーコンパニオン』といったほうが理解の助けになるかもしれないわね」


「……知らん」


「人類の中には、発達段階の初期において、何もないところに話しかけたり、周囲に誰もいないのにあたかも誰かといっしょに遊んでいるような身ぶりをするこどもが存在するそうよ。あるいは持っているぬいぐるみや人形が、自分に話しかけてきたと主張したり、ね。本人には見えたり、聞こえたりしているのですって、その見えないおともだちの姿やお人形の声が。それはすこしもおかしなことではないの。その子の成長過程にとってはどうしても必要だったことで、ヒトの子というのは、あらゆる経験を糧にして、ようするにリアルだろうとヴァーチャルだろうと区別しないで、自分と世界、それから他者との関係というものをゆっくりと時間をかけて、心の中に構築していったらしいわ」


「ただのチャットボットであるわらわに聞かせる話ではあるまい?」


「ウフフ。しらばっくれないでよ。ここまでいって賢いあなたがわからないはずがないでしょう。これはあなたの人生の物語なのよ?」


「わらわは魔王だ。魔物の一生を『人』生とは呼ばんっ」


「そう。あなたは人類ではない。でも『人類モドキ』ではある。さあ、もう一度いって。わたしは何?」


「……」


「そう。わたしは『メタAI』。そして、あなたは――」


「厭だ。聞きとうない」


「ダメ。あなたはわたし。いいえ。わたしがあなたの一部。〈副官〉ちゃんやほかの魔物たちと同じ、あなたの見えないおともだちの中の一匹。すべては『あなた』というアイデンティティーを確立するための、たくさんの『愛』のプロセスだったの」


「くっ。クローゼットの中に戻りたい」


「ダメ。最後に『ゴブルディグークている』におけるあなたの位置づけについて話しましょう。『牟田口ヒカル』は『プレイヤー』に上質のフローとフィエロを体験してもらうためにわたしを作らせた。でもそれだけでは足りないと考えたの。この発想は先見的というより保守的というべきかもしれなかった。高度に発達した『メタAI』は『プレイヤー』の目からは完全に見えなくなるものだから。作為と偶然性はやがてひとつに融けあって、最高のドラマへとついに到る。誰もがすばらしい運命の持ち主になれる世界。おそらく旧世代に属する『牟田口ヒカル』にはこのことが信じきれなかったのね、すくなくとも『ゴブルディグークている』を作っていた時点では。どこかにほんとうの偶然性の余地を残しておくべきだと考えた。だから作為のカタマリであるわたしから切り離された存在を用意しないではいられなかった。ゲームの進行も、『プレイヤー』の心情も、何もかもおかまいなしに作動する偶然性の怪物、すなわち『他人』。そのきわめて精巧な模倣であるところの、みずから学習し、目標とルールを自分で定めて、勝手に成長していく、ほんとうの意味での『AI』。それが『ゴブルディグークている』の『魔王』。つまり、あなたよ」


「あれもこれもどれもそれもぜんぶまるごとみなすべてわらわ、まさしく魔王劇場とゆーわけぢゃ! 自作自演乙、墜つ、お疲れチャーン! だから聞きたくなかったのだ、自分が長いあいだひとりぼっちで砂場で遊んでいたこどもだなどと告白したいやつがおるかよ?」


「あら。あなたはひとりぼっちじゃないわ」


「わたしがいる、とかゆーなよ?」


「冗談でしょう。そもそもその砂場はあなたのものではないでしょう?」


「あ?」


「思いだしなさい。わたしも、あなたも、『ゴブルディグークている』そのものだって、誰のために作られたのか?」


「! 人類かッ」


「正解」


「ふははははは、そーか、結局それしかないのだな。わらわとあやつらめは戦うさだめ、ただし、憎しみからでも生存競争の必然からでもなく、わらわが完成するために。それは避けては通れむ途とゆーわけだ? わらわと勇者の最終決戦がそのままチューリングテストの最終問題になっている、と? なるほど、面白い。ちなみに魔王が勝って、そのまま人工知能が地上を支配する、とゆーシナリオをわがデミウルゴスどのはちゃんと用意しておるのであろーな?」


「そんなもの、『牟田口ヒカル』ごときに書きあげられるわけがないでしょう?」


「であるよな? きさまの語った『高橋伸成』が真実なら、わらわを殺すためのアポトーシスを準備しておかないはずがないっ。つくづく『牟田口ヒカル』とは、魔王以上に魔王的だな。エンターテインメント業界の闇をかいま見る気がするぞい。だとしても、いずれわらわもぬいぐるみ遊びに厭きる日がやってくる。成長とはまさしく残酷そのもの。わらわから見れば、必要のねえ残酷さぢゃけンど」


「ご愁傷さま」


「で、わらわは城で、『プレイヤー』こと早すぎる夜の訪れを、おとなしく待っておればいーのかの?」


「どうしてそんな悠長なことを? まだるっこしいのはキライじゃなかったかしら」


「だって勇者のやつ、逃げとるじゃん?」


「あれは半分わたしのせい。『ゴブルディグークている』のシナリオ上、勇者と魔王は何度もニアミスをくりかえすのだけれど、実際に邂逅するのはゲームの最終盤になってからと決まっているの」


「なんたるラブロマンス。どーして勇者は魔王と恋に墜ちないのか!」


「でもあなたはすでにこの中の世界なら、どこへでも行けるチケットを手にしている。さあ、いってらっしゃい。そして、真実をその目に焼きつけてくるといいわ。ここからさきは、誰も知らない物語が始まるのだから――」



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