12.1 おしゃべり魔王
「〈猫〉のようすはどうじゃ?」
「いまは落ち着いて、いいえ。ふさぎこんでいらっしゃるようです」
「意外だったわ。あれがあんなに取り乱すとは」
「ガジロさまはあのかたに次いでわが魔王とは長いおつきあいと伺っております。ほかの魔物とは異なる紐帯を懐いていても不思議はありません」
「あの頃はわらわが魔王に即位するとは思っておらんかっただろーしの、あやつらも」
「なればこそ、かと」
「しかし、魔物にとって死はどんな絆より赤き糸となってまつわりついてくるものだ。何をいまさらあわてることがある? 弱ければ殺される、こたびは勇者のほうが強かった。むしろあのへっぽこ勇者のやつをホメ讃えてやらねば」
「勇者は魔物ではありません。われらの敵です」
「それがどーした?」
「そしてここは魔界ではありません。死んでも大地に還ることはできないのです」
「感傷だな。これだからノーミソの発達した魔物は」
「失礼ながら、わが魔王が失ってしまった懐かしい思いでも、あのかたは保持しておられるのでしょう」
「きょうの〈副官〉ちゃん、なんだか辛辣ぅ」
「わたしとて感傷は持ちあわせておりません。ですが、ほかの魔物の感傷を羨望したりはいたしません」
「ぐさぐさえぐってくンなあ。わらわって冷たいと思う?」
「とても魔王らしいと思います」
「なんとゆー模範解答。さすがわらわの〈副官〉ちゃん!」
「わが魔王」
「怒ったのか?」
「いいえ。どうかわたしにお聞かせください」
「何を」
「かつてのわが魔王の勇姿。あのかたがたとともにくりひろげた冒険の数々。さすればわが魔王に成り代わり、ガジロさまのために、せめてわが涙を手向けとすることができるやもしれません」
「余計なお世話ぢゃ。しかしこの長い夜をやり過ごすには悪くないアイデアではあるな」
「ぜひに」
「とはゆーものの、個々のエピソードの細かいところはほとんど憶えていないのよ。どこまでがわらわオリジナルの記憶で、どこからが『歴代魔王の叡智』から得た知識だか、区別がつかんくなっちった。たとえば〈美雪〉だが、あの女は先代の魔王が戴冠する以前から魔王候補として広くその名を知られていた。わらわたちは確かにあの女の支配する絶対零度の領土に侵入し(実はそうと知らずに足を踏みいれちゃったんだけど)、〈美雪〉と対峙し、そして辛くも打倒したが、〈美雪〉に関してわらわの知っていることが、その死闘を通じて知りえたことか、それとも先代魔王が見聞していた情報を受け継いだだけなのか、わらわにはもーわからむ」
「それでもかまいません。語ることで思いだすこともあるのではありませんか?」
「ただの騙りにならねばいーがの」
「ガジロさまはたたきあげの魔物だったと聞きおよんでおりますが?」
「そうだ。すくなくともそなたのような廃都育ちがゆーところの大魔族じゃない。あの〈猫〉だって、没落したとはいえ大魔族の出だとゆーのに」
「それは納得です。あのかたの高慢さは生まれつきのものでしょう」
「さすがに低級魔として生まれついたわけではないだろうが、本人にゆわせればそれに毛が生えたようなものだったとゆーこっちゃ。しかしわらわと最初に殺しあったときにはすでに互角だった、と思う、さもなくば殺していたわけだからの。ここからして記憶があいまいになっている」
「すぐに合流されたのですか?」
「ヤ。その頃はわらわと〈猫〉、しがない二匹の魔物旅、ってゆーか、〈猫〉のやつがわらわをいっぽう的にストーキングしてただけみたいな感じじゃな。まだ盗掘団結成以前の話だ」
「盗掘団。と申しますと現在のわが軍の前身ですね」
「つっても長いあいだ、せーぜー五〇匹規模のちっちぇえ集団だったんぢゃけどな。わらわが表情と名前を憶えられるのがそれくらいまでだから、それ以上、数を増やさないようにしてた。〈とおる〉くんと殺りあうまではそれでなんとかなったし」
「ミョルニロさまは当時の魔王候補の筆頭で、末端組織まであわせれば数億の魔物を率いておりましたものね」
「どいつもこいつも、最初はたった四十九匹しかいなかった盗掘団に〈とおる〉くんが負けるとは思っていなかったであろ」
「痛快でしたよ。廃都にもうわさは飛びこんできましたから」
「外野は面白がっていただけではないのケケケのケ? どっちが生き残ろーが、自分たちは安泰じゃと」
「結果、わが魔王とミョルニロさまが手を組んで、廃都にいた一〇八匹の大魔族を皆殺しにしたのでした」
「しかし話を跳ばしすぎたか。ガジロのことであったな」
「はい」
「わらわがどーしてあの男だけは真名で呼んでいたか、ゆったことあったっけ?」
「いいえ。わたしたちはあのかただけがゆいいつ、わが魔王の旧友と呼べる存在だからだと理解しておりました」
「そんなんじゃない。あいつは強くなるためにありとあらゆるものを棄ててきた、それこそ自分自身すらもだ。そうしなければ生き残れないくらい弱っちかったからだけど、わらわと最初に殺しあったときのガジロの姿はいまとはまるで異なっていた。最終的には背中にいっぽん腕を生やすだけに落ち着いたが、一時は最大八本まで増やしてたこともある。脚を斬り落として車輪に変えたことだってあるんぢゃぞ、あの莫迦。当然、戦闘スタイルも変わるし、使える魔法だってそうだ。人類のように季節によって着ている服を着がえるみたいに、胎内の『魔法回路』を剥がしては接ぎ直しておった。それがどれほどの痛みを伴うか、〈副官〉ちゃんにはわからんだろう、わらわは二度とごめんなのじゃ。そういうわけで、わらわがぴったりの名前をつけてやっても、あっさりその特性を葬って、まったくべつの魔物になっちまう。そんなことがたび重なれば、さすがのわらわも諦めるわ」
「壮絶な生きざまですね」
「そこまでしてもわらわとはゆわずもがな、〈とおる〉くんや、あの一万回殺しても足りんかったくらいの〈荘園領主〉に、バトルにおいて水をあけられとった。最近はどうあがいてもカンスト気味で、わらわたちについてくるのが精いっぱい」
「……」
「〈猫〉は〈猫〉で厄介じゃが、ストレートなぶん、可愛げがある。ところがあやつめは屈折しまくっとるから、わらわに可愛がらせる余地を与えてくれなんだ。ほんとうに厄介なだけのやつだったよ」
「それでもお見限りにならなかった」
「必死じゃったもの。そして実際に生き延びてきた。それもここまでとゆーわけだが。どーじゃ、いまの話であいつのために流せる涙が見っかったかや?」
「ガジロさまに負けず劣らず、わが魔王は素直じゃないということがよくわかりました」
「やぶからぼうにわらわをツンデレみたいにゆーでない」
「わが魔王とあのかたとの思いでに、涙ではなく、笑いを捧げたいと存じます」
「好きにするがよみ」
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