14.7 数字の話



「……会議も厭きたな」


「なんだよ、わが魔王がやろうっておれらを集めたんだろ」


「具体的なことはまだ何も決まっておりませぬぞ」


「細けえこたあ、われらが〈参謀〉どのと〈副官〉ちゃんで詰めとくれい。それよりちょっと数字の話をしよう」


「数字?」


「おれやだー」


「そんなものは地獄の業火に焼かれてしまえ」


「ひどい嫌われようぢゃ。わかるけど」


「でしたらやめましょう、わが魔王。予算とか数値目標とか、そんなのどうでもいいじゃないですか」


「賛成」


「コホン。わが魔王?」


「――の反対」


「だいたい魔物にはヒヅメしか持たないものも多い。十進法と二進法では話が咬みあわないのも道理」


「すみませーん。ボク、手と足で指の数ちがうんですけどー」


「いいかげん、指使って計算するのやめたら?」


「え。指使わないでどうやって数えんの?」


「悪かった、わらわが悪かった。きさまらにこっち方面の期待は今後一切せん。だが、いましたいのはそーゆー話ではない」


「ではなんでございますか?」


「ふむ。そおじゃの。きさまらの中でガジロを確実に仕留められたと思っとるやつは何匹おる?」


「ガジロどのを?」


「そうだ。わらわや〈とおる〉くんを、ぢゃない。ガジロであれば、と考えなかったやつはおらむであろ?」


「しかしあの魔物の諦めの悪さは折り紙つき」


「一〇回殺って五、六回ならともかく、確実に、ってことは一〇回殺って一〇回とも、ってことでしょ。さすがに厳しいんじゃないの?」


「よろしり。あやつのつおさに関するきさまらの認識はそーゆーことにしておこ。念のため、ガジロの最期をいま一度聞かせてくれ」


「ガジロさまの死を直接目撃した魔物は生存しておりません。わが魔王捜索のために赴いたエパニアの森で亡骸が確認されております。発見したのはガジロさまが率いていた部隊の魔物ですが、ほとんどその直後にこの部隊の半数以上が狩られました。こちらへの報告が遅れたのもそのためです。生き残った魔物によれば、襲ってきたのは勇者の一行とのこと。情況から見て、ガジロさまもその手にかかったと考えるのが妥当かと」


「ひと言で片づければ、そんな気もなかったのに思わむところで宿敵と遭遇して、戦ったらかえり討ちにされちゃった、と、そーゆー感じだな」


「そのようにいうことも不可能ではありません」


「んじゃつぎ。今度は〈GS4〉のケースを考えよう。あ、すでに二匹死んでるからもう〈4〉じゃなくて、〈2〉か」


「なんでここであのものたちを?」


「いいかげん、指揮権を剥奪してやれよ。あの役立たずどもに、地上侵攻は荷が重すぎたんだ」


「そもそも戦争やめんだからカンケーねーっしょ?」


「まだ生きているのはヴィナスとジャンヌでしたか?」


「よりにもよって使えないほうの二匹が生き残るとは」


「わらわは好きぢゃけど? 〈恐怖のサディスト〉も〈天使の心を持つ魔物〉も。それはさておき、〈金髪娘〉と〈氷の微笑〉のことは惜しかったな。わらわ、もっとイチャイチャしたかったぞい」


「ゴールディどのとレディどのですね。わが魔王に忠実な魔物でありました」


「ほとんどそれだけだけどな」


「さて、ほいじゃあさっきと同じ質問をしよう。〈金髪娘〉、もしくは〈氷の微笑〉と一対一で殺しあったとして、絶対負けむと断言できるやつは誰と誰と誰かの?」


「全員」


「もちろんだ」


「二匹いっしょでもかまわねーぜ?」


「それがきさまらの見解か。〈参謀〉どの、意見を」


「……」


「無視するなよ。まったくどんだけかまってちゃんなんだか。ハイハイ、わらわの〈恋するコック〉さんの意見を聞かせて?」


「二匹いっしょに、は盛りすぎだたあ思うが、こと戦闘力に限っていえばここに集ってる連中のほーが上であることに同意する。作戦において使える使えないはまたべつだけど」


「おお、よかったではないか。われらが〈さ・ん・ぼ・お〉どののお墨つきがもらえたぞ」


「四匹あわせてようやく幹部と同等と見なされていたものどもを、われらと比べることが間違っております」


「じゃあ、この数字はいったいなんなのであろる」


「数字?」


「おれやだー」


「そんなものは地獄の竈にくべる薪といっしょに燃やしてしまえ」


「まあ聞けよ。えっと、〈副官〉ちゃん、いくつだっけ? 細かい数字はわらわも苦手」


「どちらの数字ですか?」


「両方足して」


「九九三です」


「およそ一〇〇〇だな。うん、異常」


「千?」


「何が千?」


「千がどうしたのですか?」


「〈金髪娘〉と〈氷の微笑〉が、勇者と殺しあった回数だよ」


「あ?」


「〈副官〉ちゃん、内訳」


「ゴールディどのが六六四回、レディどのが三二七回ですね」


「つまり、〈金髪娘〉は六六四回勇者に襲撃され六六三回勇者を斥け、三二七回勇者と戦った〈氷の微笑〉は三二六回勇者を下した、とゆーわけじゃな」


「御意」


「それで? ガジロはどうだったっけ」


「一回戦って、一回で負けました」


「これが数字の伝えるところのすべてだよ。勝率でゆったらサンザンじゃん。もしかしたらガジロのやつめはすこぶる調子が悪かったのかもしれないナ。でもマァ、あの二匹もそれなりにがんばったとゆってやっていーんぢゃないか?」


「イヤイヤイヤ、おかしーでしょ、その回数!」


「集計係を呼べ!」


「仮にその数字が正しかったとして、べつのいいかたをすれば、それぞれ六〇〇回以上と三〇〇回以上、敵を打ち損じているということになりますぞ?」


「報告によれば、彼女たちはその大半で勇者を討ち取っております。一行を全滅させたこともしばしば。むしろ取り逃がしたことはまれだったようです」


「何をいっている?」


「――どうやら勇者とは低コストで復活できる生きものらしい。これについてはまたあとでじっくり検討したい。じゃが、いまはしばし、この一〇〇〇とゆー数に拘泥しようぢゃないか。そなたらに問いたいのだけれどー、六〇〇でも、三〇〇でもよみ、わらわとそれだけの回数、殺しあいをぶっ続けたいと思うものはおるかや?」


「一回でこりごり」


「オイオイ。ここにおるのはわらわと一度はバトルして生き残った生粋の戦闘狂ばかりのはずではないか。それがなんじゃ情けない」


「だからっしょ。おれたちゃ運が悪すぎただけだ。そんな悪運が二回も続くはずがない」


「だが、勇者とやらはそれを一〇〇〇回近くやった」


「相手がゴールディやレディならわからんじゃない」


「ほんとうに? わらわがゆっておるのはじゃんけんの勝負ではないのだぞ、それなら勝つまで続けるとゆーのもわかる。ぢゃけんどのー、いましているのは全力で殴りあってどちらが最後まで立っていられるかの話だ。一〇回やって一〇回とも倒されたやつが、それでも一一回めを挑もうとするか?」


「イカれてやがる」


「そう、イカれてる。この勇者とゆーわけのわからん生物は頭のネジが五、六本どころじゃなく、グロス単位でブッ飛んどる。きさまらに憶えておいてもらいたいのはこのことだ。コイツの怖さは単純な意味での腕っぷしの強さじゃない。勝つ見こみがまったくない、ヤ、負けると知っていても立ちむかってくる、その愚かしさだ」


「しかし向こうの負けが決まっているのなら、そのたびごとに打ち倒せばよいのでは?」


「六〇〇回も? わらわならそれ以前にうんざりして、勝負を投げだしかねないわ。その意味では〈金髪娘〉も〈氷の微笑〉もよく殺った。せめて五、六回めが終わった時点でわらわにひと言、相談すべきではあったけどな。おそらく本名は馬の骨とかゆーにちがいないこの勇者とやらは、六〇〇で不可能なら六〇〇〇、六〇〇〇で不可能なら六〇〇〇〇と挑んでくるつもりであろ。こーゆーのとはまともに殺りあっては駄目なのだ」


「だからわが魔王は撤退を?」


「こんなのは理由のひとつにすぎん。まだまだ数字の話を続けるぞ」


「数字?」


「おれやだー」


「そんなものは地獄もろとも爆発しろ」


「〈副官〉ちゃん、わらわたちがこの地上にきてどれくらい経つ?」


「正確なところはわかりませんが、地上の単位で五〇〇日程度かと」


「魔界には正確に時間を計る習慣はないものな。昼と夜の区別もないし」


「もっとも最初の一〇〇日程度は、低級魔の生産と環境への適応で手いっぱいでしたので、本格的な地上侵攻の開始から数えますとさらに短くなります」


「五〇〇でも四〇〇でも、このばあい、たいして変わらんよ。さてとこの数字を聞いて、奇妙な点に気づかんか、きさまら?」


「わが魔王ぉー、こっち方面の期待はしないってさっきいったー」


「いーか。さっき一〇〇〇とゆー数字がでてきたな。これはなんじゃった?」


「ゴールディとレディが負けた回数」


「惜しい! どっちかってーと勝った回数だ。負けたのはあの二匹じゃなくて勇者」


「あっでー?」


「そしてこの一〇〇〇は、五〇〇や四〇〇よりおっきいかちっちゃいか、ハイどっち?」


「えっどー、おっぎい?」


「正解」


「やっだー」


「このことからつまり、何がわかる?」


「ばかんなーい」


「ああ、もうっ。わらわについてこられるやつだけついてくるがよみ。よーするにっ、ぢゃ、一日一殺したとしても、それじゃ足りむ、とゆーことじゃ」


「午前と午後の二回殺しあったということでしょうか?」


「実際には三回でも足りんくらいだよ、この勇なんとかはあの二匹とだけ殺りあってたわけじゃないからの」


「つまり、どういうことだってばよ?」


「わらわたちが正確な時間とゆー概念に疎いのはみなも知ってのとおりじゃ。だからわらわもこーしてデータとして見るまではとろくせえことやってんなあ、としか思わんかった。ほんっとーにっ、わらわも含めて、ここにはアホ、アホ、アホしかおらむ」


「ひ、ひどい」


「おそらく、この勇者とゆー名前のバケモノは同じ時間をくりかえす力の持ち主だ。そもそも死者を、生前のアイデンティティーを保持したままよみがえらせる方法は魔界にはない。そーであろ?」


「死霊使いの死霊はまたべつですしなあ」


「ゾンビもしかり。この地上でもそこは変わらんはずぢゃ。わらわが地上に滞在しておったあいだも、死者の復活が日常的に行われているなんて話はちーっとも耳にしなかった。仮にできたとしてもなんの代償も支払わずに、とは考えにくい。ましてや一日に二度も三度もバンバンできるわけがない。となると何かべつの方法でこの某勇者は復活を遂げているとゆーことンなる」


「それが時間の巻き戻し、だと?」


「うむ」


「待ってください。それが真実なら、われわれだって巻きこまれているはずではありませんか。六〇〇だとか、三〇〇だとか、数えられるはずがない。同じ時間がくりかえされているのなら、それらはすべて最初の一回とならなければならない!」


「やっぱり、おまえ、さっきからわかってて知らんぷりしておったのだな。わらわをいぢめて愉しかったか?」


「アッ」


「アッ、じゃねえよ」


「い、いまはそんなことを追及してるばあいでは」


「とりあえず〈奴隷商人〉はあとでお仕置きな。部屋にある三角木馬貸してもらうから」


「お、お慈悲」


「理屈はわからむが、わらわたちはその影響をまぬかれておる。これは仮説だけど、わが城、すなわち『繭』は魔界と地上を距てる『断絶』を越えることのできるゆいいつの乗りものである。その内部は、地上より魔界の環境に近い。ふたつの世界では時間の流れかたがちがうのかもしれんし、あるいは『繭』そのものが、えーと勇次郎じゃったっけ、だかの能力の影響をキャンセルしているのかもしれない」


「にわかには信じがたい」


「だが、そーでも考えんとあの一〇〇〇とゆー数の説明がつかむ」


「それってナニか、勇者のやつらは何度死のうがやり直せるが、こっちは一度でも負けたらそれでおしまいってことかよ?」


「前者はともかく、後者は当たり前であろ」


「し、しかしやり直せるなら、ゴールディやレディとのような局地戦ではなく、もっと大局的なところから」


「わらわたちがこの地上にくるとゆーことは魔界、すなわちこの地上から見て異世界で決定されたことだ。そこまでは及ばん力なのであろ。だからわが軍の地上侵攻自体をなかったことにはできない。できるとすれば、この地上における『繭』の出現ポイントをあらかじめ割りだしておいた上で何か対策をとっておくことくらいじゃろーが、実際にはそうなっていなかったところを見ると、巻き戻せる時間の範囲には制限があるのかもしれない。それはどっちでもかまわむ。わらわが主張したいのは、こんな茶番にはつきあってられんの、とゆーこった」


「それでわが魔王はこのいくさから下りるご決断を?」


「ほかにも気になる点はいくつかあるが、いまはそんなところじゃ」


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