2 地下プラントにて



【主な出演者】

 魔王

 工場長(ザザエドモン)




「〈工場長〉、〈工場長〉はおるか?」


「なんでございましょう? わが魔王」


「わ。相変わらずブサイクな面じゃの、その顔面でくらやみから現れないで欲しい」


「嫌がらせでございます」


「きさまのユーモアのセンスだけは買ってやろ。命拾いしたな」


「ひゅうまあのせん? どういう意味です? 聞き憶えのないことばですが。わが魔王のお故郷独特のいいまわしですかな」


「あー、ちがうちがう。たぶん、『叡智』の流出である、ちんぷんかんぷんなことをゆって混乱させたか? 許すがよみ」


「もったいなきおことば。魔界はもとより、この地上、そして失われし神代にまで達するともいわれる『歴代魔王の叡智』に保存されていた言語でしたか。それにしても巨大な知識の宝物殿を手にする代わりに、しばしば日常会話に支障をきたすことがあるというのは、いやはや、皮肉なことでありますなあ」


「冴えすぎるのも問題よの、〈工場長〉を見とるとつくづくそう感じるぞい」


「わたくしめではなく、わが魔王の話をしていたつもりでしたが」


「うん、知ってる」


「わが魔王はわたくしがお嫌いですか?」


「わらわがめんくいだってこと、きさまも知っておろ?」


「あの副官を重用なさるのもそれが理由だとか」


「そう思うのか?」


「わたくしではありません、ニャンニャコさまの申していることで」


「あいつら仲悪ぃよなー。てゆーか〈猫〉がいっぽう的に嫌っておるだけか」


「新参ものがあのように取りたてられれば、旧くから仕える魔物がやっかむのは当然のこと。しかもあのかたは最古参だというではありませんか。配下というよりわが魔王のご友人といったおつもりなのでしょう。であれば、まことにごもっともな態度というべきですな」


「〈工場長〉はやっかまれたりしないのか?」


「『低級魔生産工場』の責任者はこたびの地上侵攻において要となる大役ではございますが、このような地下でくすぶっていたいと願う魔物は決して多くはないでしょう」


「え、不満なの。じゃ上でわらわにはべってみる?」


「わたくしのいったことが聞こえませんでしたかな」


「ふむ。わらわの〈工場長〉は決して多くはない稀少レアな魔物の一匹とゆーことでいーのだな」


「御意に」


「ならば、よみ。して調子はどうじゃ?」


「万事順調でございます。といいたいところですが、正直申しまして、この規模の工場ではこれ以上の増産は難しいかと」


「もお限界?」


「はい」


「早く地上にプラント移せばいいのに」


「大地の汚染が思ったより進んでおりませなんだ。やはり、この地上の加護は相当なものでして。瘴気のみちていないところですと、低級魔は生まれたそばから死んでいくしかなく」


「でもその屍が瘴気の発生源になるわけであろ?」


「魔界ではそのとおりですが、ここ地上では神や地霊の加護を受けた大地の回復力が、低級魔単体の汚染力を凌駕しております。ある程度まとまった数の屍でなければ地上を穢すことはかないません」


「完全にアウェーじゃん。よくもまあ歴代の魔王はこんな劣勢で地上に侵攻しようなんてだいそれた望みを懐いたもんじゃ」


「それがわれらの悲願なれば」


「――神に対する復讐、ねえ。〈工場長〉はこの話を信じておるのか?」


「信じるも何も、ほかに、われらに戦う理由がありましょうや」


「よくゆーよ、〈工場長〉は低級魔や同族の躰を切りきざんだり縫いあわせたりできれば、それで一生愉しめるクチであろ」


「それとこれとは話がべつで。いっひっひっ。わたくしだって存在するものなら、ひと目見てみたいものでございますよ、神の御姿を」


「その上、切ったり貼ったり、とゆーわけじゃな」


「もちろんでございます」


「人類も災難よの。もはや生きているかどうかもわからむ神の行方を追う足がかりとして、魔王が戴冠するたんびに領土と生命を脅かされるんだもの」


「わたくしに劣らず、わが魔王は稀少な魔物の一匹でございますな。人類ごときに慈悲をお与えになるなど」


「こちとら食糧や土地の不足に難儀しておるわけではないのぢゃぞ。わらわの遠い先祖たちを見限って新天地を求めたとかゆー神々とやらの、あんな伝説のことさえ忘れてしまえば、魔界で愉しく殺しあって暮らせるものを」


「そういたしますと、いずれ魔界はわが魔王ご一匹が生存する世界となりましょうな」


「わらわだってのべつ殺しまわったりせんよ、繁殖の猶予は残すもん」


「魔界なら死んでも瘴気となって漂うことができますし、頭を空っぽにして殺しあうことは多くの魔物にとっては快楽ですからな。存外そういう生活も悪くない――」


「惜しいの」


「何を嘆いておいでです?」


「これで顔面偏差値がよかったら、わらわのバディにしてやったのに」


「ばでえ?」


「気にするな、また例の流出である。それよりここには別件できたのであった。わらわの願いを聞くがよみ」


「何とぞご命令を」


「持ち運びできる低級魔生産プラント、すなわちわらわ専用の瘴気発生装置を作れ。できるだけちっちゃいやつな。大至急」


「おやおや。どこへおでかけですか?」


「地上を視察に」


「わが魔王の稀少っぷりもここにきわまりましたぞ。われらの城から単騎でくりだす魔王など前代未聞。そういう悪巧みはわたくしのあずかり知らぬところでやってくださいまし」


「嘘こけ。わらわの〈工場長〉はこーゆー遊び、大好きであろ?」


「わが身の安全が確保されているときに限ってでしたら。ニャンニャコさまやミョルニロさまのお耳にはいれば、わたくしが殺されます」


「わらわのために、謹んで死むがよみ!」


「せめて魔界で死にとうございました、無念。ぱたりこ」


「しかたないの、ちゃんとことわってから征くことにすればいいのであろ。めんどくさ」


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