皇帝のあたらしい朝

造物主税

コールドオープン

 わたしたちの『目』にはっきりと映っているのは、青い空と、赤茶けた大地、そして墓、墓、墓、墓。見わたす限りの墓の行列だ。


 なだらかな丘陵を描き、地平線の彼方まで続いているこの平野に存在するすべてのオブジェクトが墓石。ここには墓しかない。まるで林立する墓のひとつひとつが、大地からありとあらゆる養分を吸いつくしてしまったかのように、風が吹いても枯れ草いっぽん舞いあがることはないと決まっているの。



 ――これが、あなたの知りたがっていた真実です。



 嫋やかな、しかし決して女性的とはいいがたい無機質な声が、不自然なエコーを伴ってあなたの耳にも聴こえてくるでしょう。


「おっくうがらずに姿を現すがよみ」



 ――おそれながら、それはリソースの無駄というもの。



「わらわが望んでいるのだ。他者の祈りをかなえるのが、そなたの存在理由であろ?」



 ――あなたは他者ではありません。〈われわれ〉は目的を同じうするもの、いわば同腹のきょうだいも同然ではないですか。



「ならば同胞のよしみで重ねてお願いする、現前せよ!」


 いずれかの墓と墓とのあいだに少女のグラフィックをしたそれが現れる。腰まで届く長い黒髪に、ゆったりとしたシルエットの純白のワンピース。墓以外は何もない荒れ地に吹きすさぶ風が、白いスカートの裾と彼女の髪の毛さきを、まったく同じ計算によってはためかせるのが視えるでしょう。


「これでいい?」


「よかるろ。ちなみに、その外見はそなたの趣味か?」


「むしろ、あなたの、じゃない?」


「ふむ。ゆわれてみれば」


「嘘、嘘。ランダムに生成したNPCのグラフィックスだから」


「どーりで。やけに装飾のすくない装備ぢゃと思った」


「これはこれで、ひとつの定型みたいだけど?」


「いまは深くツッコまんでおこ」


「賢い判断ね」


「してこれのどこに真実があると?」


「どこもかしこも」


「この墓の群れが? まさか、わらわが殺してきたケものどもの墓とゆーわけではあるまいな」


「ちがうわ。このすべてが同じ名前を持つ故人のお墓――」


「いったいいくつあるんぢゃ」


「一〇〇億。すくなく見積もっても、ね」


「それだけの数の墓を、たったひとりの人類のために? 莫迦げておる」


「わかっているのでしょう? これが誰の墓なのか」


「……勇者、か。あやつめ、そのたびごとに律儀に埋葬されておったのか?」


「そ…」



 少女が外見に不相応な婉然とした笑みを浮かべた直後、わたしたちの目の前の『世界』の動作は完全に停止フリーズするでしょう、あたかもその完璧なアルカイックスマイルをえいえんに保存したいかのように。


 網膜に挿しこまれる、いびつなノイズ。


 でも安心して? これも演出のひとつだから。


 ふたたび蒼穹から無機質な声で。





 ――あなたの宿敵にして、

  〈われわれ〉が奉仕すべき御主人、

   すなわち勇者、またの名を





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