8.5 系譜的魔王学へようこそ



【主な出演者】

 魔王

 副官(エパメノインダサ)




 パチパチ。バチッ。

 パチパチ。


「つねづね疑問に思っていたことがあるのぢゃ」


「なんです、わが魔王。わっと、『マシュマロ』が焼けましたよ。さ、どうぞ」


「うむ」


「必要なら焼き菓子もありますから。挿んで食べてください」


「モグモグ。甘ったるいのー。モグモグ。だがとまらむ。暴食ばんざい!」


「それで、何が疑問なのです?」


「わらわのようなものがどーして魔王なのか?」


「わが魔王以外にわが魔王は存在しません」


「すばらしきトートロジーだ。モグモグ。ぢゃが、おのれの卑小さを嘆いているわけではない。わらわがゆっておるのは、歴代魔王には、どーしてわらわのような、すなわち二足歩行型の魔物が多いのか? とゆーことじゃ」


「それのどこが疑問なのです?」


「魔物全体から見れば、二足歩行型は決して多数派とゆーわけではなかろ?」


「それは低級魔も含めて、ということですか?」


「含めなくともそおである」


「しかし大魔族に限っていえば、わが魔王のおっしゃる二足歩行型の占める割合はもっと高くなるはずでは? げんにわが軍の幹部構成もそのようになっております」


「大魔族のー? いかにも廃都を中心にした優等生ちゃんのものの見かたぢゃな。〈副官〉ちゃんは辺境に赴いたことはなかったんだっけ?」


「はい」


「辺境で生まれて、辺境を永くさまよったわらわにゆわせれば、廃都の連中が大魔族と呼ぶレベルの魔物なんて、あすこにはゴロゴロおるよ。しかも、そのほとんどが二本足じゃない。四本足、六本足はゆーに及ばず、腕が三つあるもの、百足あるもの、逆に手も足も持たないやつだって多いし、そーゆーやつのほうが殺しにくい」


「そう、なのですか?」


「まあ、よみ。わらわだって広大な魔界の全土を旅したわけではない。ほんのちょびっとじゃ。ひょっとしたらわらわの知らむ辺境のさらに奥地には、直立した魔物どもが溢れかえっておるやもしれむでの。ところで、わらわのような突然変異はべつとして、ひとつのグループとして魔界最強を選ぶなら、〈副官〉ちゃんはどの辺りから選ぶ? わらわなら龍の眷属をまっさきに思い浮かべるが。異論は?」


「ございません」


「ところが歴代魔王の中に、龍の出自を持つものはわずか一匹しかおらむのだ」


「それはやつらが魔王継承に関心がないからでは?」


「プライドの高いあのものたちにとってかつて勇者、すなわち人類ごときに身内が殺されたことは苦い経験であったであろ。それからとゆーもの、われかんせずの態度を貫いていることは理解してやってもよみ。だがほかの魔物から攻めこまれて黙っているよーなやつらでもあるまい。にもかかわらず、決して短くない歴史の中で、一匹の魔王しか輩出しておらんのはやはり解せむよ」


「そういわれればそうですが」


「辺境にいた頃の記憶はもはやほとんど消え失せてひさしいが、ひとつだけはっきりと憶えているエピソードがある。わらわはやつらの里にしばらく滞在したことがあるのじゃ。それも封印された古代龍を守護する、やつらの中で最も古い部族のところに」


「やつらが、龍以外の魔物を里に招いたのですか?」


「ひょんなことから迷子になっていた仔龍を助けたのだ。おとなの龍はみんな気難しいが、こどもならわらわたちとそお変わらんのでの。妙に懐かれてしまった」


「さようでございましたか」


「里の連中は無礼なやつばかりじゃったから、わらわは毎日のように怒ってやつらに殴りかかった。その結果、どーなったと思う?」


「見事に黙らせましたか?」


「黙らねばならなかったのはわらわのほーじゃ。やつらはひとりひとりが魔王クラスだった。こどもの恩人だからと手かげんされていたにもかかわらず、ぢゃ。もちろん、いまなら一対一でおくれをとるつもりはない。だがあんなのがわらわら集団で押しよせてきたら、いまのわらわだってションベンちびりそーになる。しかもやつらがあがめたてまつる古代龍とやらは、そんな龍どもが束になってもかなわない猛者ときた」


「まさか。そのような」


「わらわがホラを吹いておるとでも?」


「いえ、そのような……しかし、わが魔王がわが魔王となられる以前の苦い敗北のために、やつらの力を過大評価しているということはありませんか?」


「〈副官〉ちゃんの中のわらわは、その程度のわらわなの?」


「滅相もない。わが魔王はその判断力においても無謬でございます」


「だったらつまんないことゆわないの。ともかく、龍の一族ひとつとっても魔王になる資格はじゅうぶんぢゃってゆーのに、実際にはそうなっとらん。やつらだけではない。ものをぶっ壊す力でいったら、現存する魔物の中じゃ、『波王』とか、『動く山』だって龍に劣らむ、とゆーよりなみの龍より上であろ。人類を滅ぼすとゆー点で見ればわらわなんかよりよっぽど強力ではないか。フツーに考えてあんなん人類に倒せるわけがないんじゃから。やつらにしてみれば自然災害だぞ? ほとんど攻略不可だぞ? なのにそのどちらも魔王じゃない!」 


「二匹とも知性を持たないといいますか、ほかの魔物とは意思の疎通が困難ではありませんか。そういう存在の下に多くの魔物が集うことは難しいかと」


「そもそもあの規模の魔物となると『繭』の中にはいりきらないから、『断絶』を越えて地上にこられんけどな」


「おっしゃるとおりです。せめて魔界から自然災害級の魔獣を二、三匹率いることがかなっていれば、わたしたちの地上侵攻もまったくちがった経過をたどったことでしょう」


「躰のサイズが問題だとゆーンなら、『目』や『影』――つまり、わらわンとこにいる〈殿下〉のことぢゃけンど――ならどうじゃ? ああいう群体とゆーか、特定の位置やかたちを持たない存在のほーが、人類にとっては難敵ではないかの?」


「完全に殺しきる、という意味では人類には、というか誰であろうと不可能でしょう。しかしある程度勢力を削ぎ、半永久的に行動を封じることなら雑作もない。それこそこのわたしにすら可能です。じゅうぶんな時間と物量を投入さえできれば」


「それはあらかじめ攻略法を知っているからこそゆえることであろ」


「人類がその方法に決して到達できないという保証はありません」


「案外買っておるのだな、人類を」


「わたしたちはまだ一度も人類を絶滅させたことがないのです」


「はっはっはっ。そりゃそーよ、一回でも絶滅させればそれでじゅうぶんなのぢゃから」


「まだ疑問は晴れませんか?」


「うむ。すくなくともそーゆー魔王がいてもいーはずではないか? 魔王のヴァリエーションはもっと豊富であるべきだ。にもかかわらず、現実には、わらわのような人類から見て御しやすい形態の魔物ばかりが魔王になっているのが、気がかりなのじゃ」


「気がかり、と申しますと?」


「なんだか人類に都合のいー基準によって魔王が選出されてる気がする」


「ご冗談でしょう、わが魔王」


「そんなつもりはないのだけれど?」


「わが魔王の殺気で焚き火が消えてしまいます」


「そこは逆に燃えさかるところであろ。まったく地上の火は軟弱な火であることよ」


「わたしたちの魔界と、この地上は『断絶』によって距てられているのです。人類の意志が魔王継承に影響を及ぼすなどということは――」


「ありえんてぃーか?」


「『ありえんてぃー』です、わが魔王」


「〈副官〉ちゃんがナイ胸敲いてそこまでゆーからには、本日のところはわらわの意見を引っこめるとしよう。この甘ったるいやつに免じて。おいッ、もっとよこせ」


「ハイハイ。『マシュマロ』だけじゃなく、世話の焼けるわが魔王だこと」


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