8 市場にて
【主な出演者】
ロボザエモン・ガシャンガシャン(魔王)
副官(エパメノインダサ)
ほか
「音楽が聞こえてくるな」
「このたびはわたしにもはっきりと聞こえます」
「何かやっておるのか。行ってみよう」
「お待ちください、わが魔王。人類が増えてきました。くれぐれも目立つ行動は――」
「〈副官〉ちゃんこそ慎みなさいよ。ここで魔王なんて呼んぢゃダメであろ」
「失礼いたしました。ではなんとお呼びすれば」
「そうじゃの、ダーリンで」
「どういう意味ですか、ダーリン?」
「ずっきゅーん!」
「手で胸を押さえていかがなさいました?」
「じゃ、じゃあ、今度はハニーで」
「悪ふざけはおやめください、ハニー?」
「もうちょっち低い声だせる?」
「は、はあ。あー、あー。これでよろしいですかな、ハニー?」
「オーケーデース。これはこれで、うん、アリだな」
「わたしはいったいどうすれば」
「こんな見ためさえしていなければそのまま押しきるところなんぢゃが、ここは無難にご主人さまでよかるろ。わらわが遍歴の騎士ロボザエモンで、その従者が〈副官〉ちゃんて設定な」
「かしこまりました、ご主人さま。わたしのことはエパメノインダサと――」
「〈副官〉ちゃんは〈副官〉ちゃんね」
「しかしそれでは設定に齟齬が」
「細かいことを気にするでない。設定なんて破綻させるために作るのよん」
「ほとんど隠しおおす気がないですね」
「お客さーん、どうだい、ひとつ買っていかないか?」
「ほら、呼んどるぞ。ちょいとそこ行くお嬢さん」
「わたしですか? 人類ごときが馴れ馴れしい」
「設定を忘れるでない」
「そうでした。何かしら?」
「うお。あんたすごい美人だねえ」
「そんなことはありませんわ」
「めっちゃキラキラに笑顔作ってるやん」
「ソンナコトハアリマセンワ(あとで憶えておいてください、わが魔王)」
「そんな美人さんにはおまけしておかなければならないね。ほらよ、いまならこれもつけちゃう」
「これはなんですか」
「髪飾りであろ。よし、わらわが買うてやる」
「おお、いい旦那さんじゃないか。って、ゲ。あんたなんてなりしてるんだい」
「控えなさい。こちらはわがご主人さまですよ」
「わらわはロボゾウが一子ロボザエモン・ガシャンガシャン。ゆえあって流浪の身ではあるが、れっきとした騎士の家柄である。わが一族の古き誓約により外出するときはつねにこのガ・スマ=スクーの仮面をつけねばならむと決まっておるのだ。許すがよみ」
「き、騎士さまでしたか。ははあ、ずいぶんと奇抜なお姿で」
「うむ。わらわもそう思う。家訓とはいえ厄介なものじゃ」
「騎士さまも大変なんだねえ」
「そうなのだ。じゃからして安うしてたもれ」
「まったく上手いんだから、この騎士さまは。三〇ドルチェでいいよ」
「よし、買った。ほれ、頭につけてやるぞい」
「ありがとうございます。ご主人さま」
「おやまあ。すごい美人がものすごい美人になった」
「それじゃ行くかの」
「ご主人さまは買いものがお上手ですね。どこでそんな技術を?」
「上手いものか。だいぶボッタクられておるわ」
「そうなのですか?」
「わらわが騎士の姿をしていなければ半分の値をつけていたであろーよ」
「なるほど。引きかえして血祭りにあげましょう」
「やめい。交易なんてエンターテインメントだと思っておれ。ダマされるのもイベントのひとつじゃ。それにもともとあの金は、あの人類めのフトコロの中にあったものだ」
「は?」
「掏ったんじゃ」
「どんな魔王ですか」
「市場には市場の戦いかたとゆーものがある。わらわはどんな戦場でもおくれをとるつもりはない」
「いさましいものいいですけど、やっていることはみみっちいですね。ご主人さまがその気になれば、ここにいる人類を皆殺しにして略奪し放題だというのに」
「欲しいものなどここにはない。それともわらわの贈り物が気にいったのかや。〈副官〉ちゃんがぜひにとゆーならそうしてやってもかまわむぞ」
「ご冗談を。わが魔王」
「それにしてもおかしな市場だな」
「そうなのですか。実際に人類の文化に触れるのはこれがはじめてですので、わたしにはよくわかりませんが」
「わらわだってはじめてだ」
「すると『歴代魔王の叡智』の中に、このような場所の記憶が存在するということですね」
「まあ、そーゆーことになるのかの。どーもわらわの記憶の中の人類の都市とはようすがちごうて見える」
「どのようなところが?」
「どのような、とゆわれても感覚的なもんじゃし。そうだなあ。たとえば通りを行き交う人類の流れがいささか単調、とゆーか規則的すぎる」
「群れで行動するのがやつらの本能ですから、規則的になるのも当然では?」
「市場とはそーゆー場所ではない。もっとごちゃごちゃしたところなのぢゃ」
「しかしわたしにはそれなりに混雑しているように見えますが」
「一見すると群々しているみたいではあるな。ムラムラ」
「どうして二回いったのです?」
「三回でも四回でもええで。ムラムラムラムラ」
「おかしな手の動きをつけないでください。確かにご主人さまとの会話に比べれば、ここのほうがすっきりしているかもしれませんね」
「〈副官〉ちゃんには高度すぎたかしら。それはともかく、もっと観察するがよみ。わらわの周囲にいる人類どもは思い思いに買いものを愉しんでいるように見える。しかしちょっと視線を遠くへ向けてみよ」
「どこです?」
「たとえばあっち。広場の向こうの辺りじゃ。あすこを歩いている人類どもは同じ場所を行ったりきたりしているだけではないか?」
「さて、どうでしょう?」
「きさま、にわかに老いさらばえて目が悪うなったのか?」
「そんなにいうなら、近くに行って確かめてみましょう」
「よかるろ。なんなら直接本人に聞くか……おい、そこの老翁!」
「なんじゃ、あんた。なんちゅー速さで走ってくるんじゃ」
「……ご主人さま。人類の域を超えた動きをしないでください」
「おお、すまんすまん。それはそーとそなた、なんで同じところを何度も行ったりきたりしておるのだ?」
「あ? おかしな仮面をしているだけじゃなく、おかしなことをいう御仁じゃ。儂はこの道をくだって家に帰るところじゃよ。行ったりきたりなどしておらん」
「まことか?」
「ほんとうじゃ。もう行ってよいかね?」
「うむ」
「ご主人さま?」
「じー」
「ご主人さま」
「じー」
「わが魔王!」
「ほんとうに行っちまいやがった。戻ってこむな」
「だから申したではありませんか」
「いや。今度はあっちだ。わらわたちがさっきまでいた通りの人類の動きが単調になっておるぞ」
「そんなバカな」
「戻るぞ」
「今度は人類らしくお願いします」
「わかっておる。せいぜいパルクールの世界選手レベルにしておいてやるわ」
「わたしがついていける範囲でお願いします」
「〈副官〉ちゃん、遅いよ」
「……それでどうでした? わたしには先刻までと同じ混雑ぶりに見えますが」
「ひとつ確認しておきたい。〈副官〉ちゃんにはあっちの群集が同じ場所を行ったりきたりしているようには見えないのよね?」
「なかにはそういうものもいるかもしれませんが、こちらとあちらで、とりたてて動きに変化があるようには」
「であれば、思いすごしであろ。よもやわらわにだけ、見えている世界が異なっているわけでもあるまいし」
「わが魔王?」
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