9 戦場にて



【主な出演者】

 傭兵王(魔王)

 副官(エパメノインダサ)

 ガガープ伯(ファルコン・ガガープ)


 ほか




 ウラー。

 ウラー。


 ひゅん、ざしゅん。


「ご無事でしたか、ご主人さま」


「わらわの躰に人類ごときが傷をつけられるとでも思って?」


「ご主人さまは無敵でも、その鎧はそうではありません」


「これを守るためにいちいち敵の攻撃を避けねえばならむのは、確かにおっくうだな」


「そのためにわたしがいるのです」


「それで何人殺った、〈副官〉ちゃん?」


「そのような瑣末なこと、わざわざ数えてなどおりません」


 ばしゅ。


「そーゆーところはつまらない女であるよな、そなた。戦闘においてスコアを競おうとせんのだもの」


「ご主人さまがその気になれば、この戦場に存在する敵はもちろん味方もすべて殲滅できるではありませんか、それも一瞬で」


「あえて制限を設けるのがゲームの醍醐味とゆーものぢゃ」


「この場でこれを遊びと考えているのは、ご主人さまだけかと存じます」


「どうかな。後方にいるお歴々はそうとも限らむのではないかや?」


「いまは総力戦の真っ最中です。さすがの将軍連中も浮き足立っていることでしょう」


 ざっ。ぶしゅー。


「わ。血ぃかかったー」


「申しわけないことでございます」


「鮮血したたるいい女っぷりじゃ。コラ、拭うでない」


「やれやれ。注文の多いご主人さまです」


「それにしても愚かよの。魔物とゆー人類共通の脅威を前にしながら、このように同族殺しに夢中になっておるんじゃから」


「わが軍による混乱に乗じて、領土を拡大したいという欲求を抑えることができなかったのでしょう」


「そこは手を取りあって魔王を斥けるところであろ? チーム人類を結成しろよし」


「勇者を支援する国際的枠組みは存在するようですが」


 カキン。


「お。〈副官〉ちゃんの一太刀をしのぎきるとはなかなかやるではないか。どおれ、わらわがじきじきに――」


 ぶしゃわー。


「ご安心召されい、〈傭兵王〉。それがしが助太刀いたした」


「って背後からぶっ刺すなよ、きさまに騎士道ってもんはないのか? こっちにまでかえり血が飛んできたぢゃないの」


「ぶわっはっはっ。〈傭兵王〉は傭兵のくせに奇矯なことをおっしゃる。この乱戦では騎士道もへったくれもあったものではござらぬ」


「もうゆくがよみ、ガガープ伯。そなたと話していると味方であろーと撲殺したくなってくらあ。どうか戦場の女神の加護のあらんことを」


「うむ。〈傭兵王〉に祈ってもらえるなら千人力だ。ものども征くぞ、ウラー」


「まったく。貴族の出のくせに熱ッくるしいやつじゃ。こんな前線に送られているところを見ると、わらわ以外からも疎まれておるようだな」


「本人はみずから志願したと申しておりましたが」


「いつの間に人類の男とねんごろになったのじゃ」


「おれの下につかないか、と誘われました」


「おれの下にならないか?」


「……部下になるよう勧誘されたのです」


「驚いた。てっきり〈副官〉ちゃんがベッドに組みしかれていかがわしい愛の告白でもされたのかと思っちまったぞい」


「まさか。万が一そんなことがあれば、あの者はこうして戦場に立つこともできなかったでしょう」


「クックッ。だとしてもよくこらえたものじゃ。わらわを見限って、自分のところへこい、とゆったとゆーことであろ、人類風情のこわっぱが?」


「試されていたのはわたしです。たかがそれしきのことで、ご主人さまがこの地上で築きあげた地位をふいにしてしまうことはできません」


「ふむ、〈傭兵王〉のことか? 確かに便利なレッテルではあるよな。名が知られるとできることも増える。人類を使って『繭』の探索も捗る。とはいえ、その成果はいまのところ皆無ぢゃし、そろそろ効用よりわずらわしさのほーが勝ってきたところだ。ろくでもないやつほど近づいてくるし、思いもよらなかったやつらに足を引っぱられる。困ったものじゃ」


「いっそのこと、ご主人さまが魔物であることを明かしてみては?」


「〈副官〉ちゃんにしては面白いことをゆいおる。でも人類の中に魔物がまぎれこんでいるとうわさになったら、今後の旅がますますやりにくくなってかなわない。もおしばらくは戦場の狼でいることにするわ」


「ご主人さまのお望みのままに」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る