5 汚染地帯にて



【主な出演者】

 魔王

 副官(エパメノインダサ)




「だいぶ瘴気がうすくなってきおったとゆーに、ここからまだ城が見えるぢゃないの。なるほど、報告どおり、地上の汚染はぜんぜん進んどらんよーじゃな」


「……」


「おい、何かゆったらどうじゃ。わらわがひとりでしゃべってるみたいぢゃないか。もおそろそろ姿を現してもよみ」


「――はい。わが魔王、お呼びですか?」


「べつに〈工場長〉のマネをしろとはゆってない」


「そんなつもりはなかったのですが。あれ、なんか目の奥から熱いものが」


「嘘。嘘ぢゃから。〈副官〉ちゃんの顔面はあの男ほど崩壊しとらんぞ。スーパークールでクレバーよ?」


「失礼いたしました。わが魔王に気をつかわせるなど」


「気にせんでよみ。部下のハートを掌握するのも王の務めぢゃからして。城のほーは平気かの?」


「分身を残してまいりました。通常の執務に支障はないでしょう。謹慎対象にはこのわたしも含まれていますので、自室からでてこなくとも不審がるものはいないはずです」


「〈副官〉ちゃん、ともだちすくなそうだもんね」


「新参ものはとかく警戒されるものです」


「そーゆーことにしておいてやろ」


「痛みいります」


「ぺろぺろ」


「なんのまねです?」


「傷口を舐めてやっておるのじゃ。なんならそっちからも舐めてみ? 舐めあいっことしゃれこもーではないか」


「魔王とその副官が互いの傷を舐めあっている、という図はとても不健全な感じがします」


「いいと思います! イエス、有害!」


「おっしゃることは魔界の住人ならではのはずなのに、なぜだろう? なんだかとてもザンネンな気分になってくるのは」


「もお、〈副官〉ちゃんはまじめちゃんなんだからー。ほれほれ、その頬を流れ落ちる涙をわらわの舌で拭いとってやるから、ちこお。ほれ、ちこお。じゅるり」


「この話題を引っぱるのはもうよろしいのでは?」


「よかるろ。ならばここらでこたびの旅の目的のおさらいでもしておくか」


「わが魔王おんみずからによる人類の殲滅――」


「とゆーのが表向きの理由な」


「御意」


「これより突入するのは撤退戦じゃ。そこでいちばんの問題は何か。答えよ、わが忠実なる片腕?」


「はっ。わが軍の撤退に際して最大の障害となるのは、わたしたちには逃げ途がない、ということです」


「魔王からは逃げられない! とゆーやつだな。ドヤッ」


「いいえ。逃げられないのはわれわれです」


「なんたる傲岸不遜ッ。なんたる不惜身命ッ。人類なぞたやすく一掃できると信じて、片道切符を握りしめ、地上行きの列車に飛び乗ったとゆーわけだ、歌謡曲、いやさ、J-POPの歌詞かよう」


「おっしゃることの細部はわたしには理解不能ですが、おおむねそのとおりかと。魔界と地上を距てる『断絶』をわれら魔物は生身で越えることができません。そこに穴を穿ち、ふたつの異なる世界を跨ぐために、わたしたちは、われらの『繭』たる魔城に乗りこみ、地の底深く潜行いたしました。ぶ厚い岩盤をかき分け、世界の『断絶』を『繭』の力で一時的に無効化することには成功したものの、城の最も高い尖塔が地上にでたところで『繭』はその活動を停止――」


「ドリルが折れてしまってはどーしよーもない」


「そういうわけで現在、わたしたちには魔界に戻る手だてがありません」


「そこでこの地上で新たな乗り物を発見することが、今回のミッションとゆーわけぢゃ」


「しかしこの地上にも存在するのですか、われらの『繭』が?」


「そいつを調べんだよ、わらわと〈副官〉ちゃんの二匹で。おお、そおこおしておるうちにいよいよ瘴気のはびこる地帯をぬけるぞよ。しかたがあるまい、このダサい兜をかぶるとしよう。がちゃりんこ。誰だよ、これ考えたの?」


「〈工場長〉の趣味では?」


「せっかくのわらわの美貌を隠さねばならむとは。それより〈副官〉ちゃん、どーしてそなたの見ためはなんも変わらんのだ。ズっこくない?」


「胎内に複数の結界を張ることで瘴気を循環させているのです。やっていることはわが魔王の鎧と同じですが」


「透明化とか、分身とか、結界とか。〈副官〉ちゃんはなんでもできるねー」


「廃都で生きぬくための智慧でございます。あそこでは魔法を駆使することが生き残るための近道でした」


「魔王のくせにわらわ、魔法をぜんぜんやってこなかったからなあ」


「そもそもわが魔王とわたしとでは放出される瘴気の量に差がありすぎます。わが魔王の厖大な瘴気を循環させられるだけの数の結界など誰に作れましょう」


「そーなの?」


「そうですとも。というより魔法なしで、文字どおり拳ひとつで魔界の頂点にのぼりつめた規格外だからこそ、わが魔王はわが魔王なのです」


「ほめるなよ」


「どちらかというと、あきれているところですが」


「いちおー、わらわも、潜在魔力をぜんぶ腕力に変換する『魔法回路』を胎内に埋めこんでおるのだぞ。ほかに魔力の使い途がなかったからだけど」


「それより鎧の動作確認はおすみですか? 人類の行き交う街道に差しかかってから働かないとなったら目もあてられませんよ」


「心配するでない。その点について〈工場長〉を疑ったことはないわ」


「であればよいのですが」


「せめて背中にスリットでもつけておいてくれればの。わらわの漆黒の翼でどこへでも、ひとっ飛びで行けたのであるが」


「そうなりますと、わたしは同行できかねます」


「なんで? 〈副官〉ちゃんだって飛べるであろ、空」


「胎内の結界のおかげで、高度な魔法は現在使えなくなっています。だいたい、わが魔王の速度に、ホイホイついていけると思わないでください」


「しかたがないの。しばらく徒歩での旅を愉しむとしよう」


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