2 花穂の後悔と苦悩
「ホントにするの?」
酷い男だなと思う。
好きな人がいるのか確認しておいて、こんなことをするなんて。
しかも相手が誰かもわからない。
以前の彼は少なくとも、そんな人ではなかったはずだ。
「どうしても嫌というなら、しない」
奏斗は瞳を揺らして花穂を見つめていた。
せめてどんなつもりでこんなことをしようとしているのか分かれば……そうは思うのに、巧い質問さえ浮かばない。
「久しぶりなの。優しくしてよ」
花穂の言葉に、驚いた表情をする彼。奏斗以外とはしていないと告げているはずだ。今更驚くのは変だと思っていたが。
「俺、酷くしたことないと思うんだけど……」
と眉を寄せ、
「もしかして俺、下手?」
と自信なさげに問う。
モテることに自覚のあった彼は、ちょっとの好意で自分に近づいて来る人間が嫌いだったような印象がある。
つけあがっているのかとも思ったのだが、
『だって、誰も中身なんて見てないじゃないかよ』
そう彼は言った。
容姿はステータスの一つかもしれない。だが何も知らないまま勝手に理想を押し付けられ、違ったら去っていくのだ。人とはそういうもの。それを嫌というほど感じてきたのだろう。
『しょうがないじゃない、顔が良いんだもの』
花穂がそういうと、彼は吹きだした。
『なんだよそれ。少しは慰めるとか、ないのかよ』
『事実を述べたまでよ』
──意外とデリケートなところが可愛いのよね。
「下手とは言ってないわ」
拒めないのは惚れた弱み。でも彼には伝わっていないのだろう。
切なげに眉を寄せていた彼が、両手を花穂のあばらの辺りに添える。熱を持ったその手、彼が充分欲情していることに気づく。
──好きでもない女にもそうなるのは、男の
そのまま彼の手がゆっくりと背中に回り、優しく抱きしめられた。
『花穂さん。余裕だねえ』
風花に言われた言葉が脳裏を過る。
好いた男の元カノが美少女でも。
今の彼女が花穂とは違うタイプでも。
なんら動じることのない花穂。
──余裕なわけじゃないけれど、女性経験のなかった奏斗の初めてを奪ったのはわたし。そしてこんな風に求められることが、そうさせているのかもしれない。欲求不満には見えないのに。
素肌が触れ合って、その熱に酔った。
彼に耳たぶを甘噛みされ、思わず反応してしまう花穂。奏斗の唇は耳から首筋へと這う。ゾクリと背中を駆け上がるなにか。
花穂は彼の首に自分の腕を巻き付ける。
別れてから、ずっと心配していた。彼の妹から送られてくる奏斗の近況。とてもじゃないが、幸せそうとは言えなかった。
『なんでわかれちゃったの? お兄ちゃんのこと好きだったんでしょ?』
”変なの”というように聞かれた質問に、
『そういう約束だったから』
と答えると、
『大人って意味不明だね』
と風花。
『もう、いいの?』
奏斗に言われたことを思い出す。
それは最後の日。
彼は義弟と続いていたはずだ。
あの時、引きとめたら何か違っていたのだろうか?
『奏斗? 別れたよ』
義弟の言葉。もちろん何故かと問うた。
『恋愛につかれたから、しばらく一人になりたいって。もちろん、嫌だとは言ったよ』
元気のない義弟。彼は奏斗と花穂が期間限定で付き合っていたことは知らない。だからそれ以上踏み込むことはできなかった。
それに、そのうち戻ると思っていたのだ。
それがどうして……
『え?』
『だから、例の白石奏斗。二股かけているという噂がありましてよ?』
それは花穂に彼の写真を見せた先輩の言葉。
何かが壊れていくのを感じた。
恋愛に疲れ、自分を癒してくれていたはずの相手と別れ、今度は元カノと今カノの二股をかけているなんで、どうかしている。
こんなことなら、離れたりしなければよかったと思った。
彼に苦痛を強いた自分では、癒しにならないとしても。
それがただのエゴだとしても。
「明日はどうするの?」
ゆっくりしていくのか? という意味で問えば、
「デート。結菜と」
という言葉。
”最低な男だわ”と思いつつも、花穂は奏斗の髪に手を伸ばす。
「最低とか思っただろ? 今」
「思った」
「それは、正直なことで」
花穂から目を逸らす彼を、花穂は許しはしなかった。
「ちょ……」
「罪悪感でいっぱいになるくらいなら、こんなことしなきゃいいのよ?」
花穂を逃げ場にしている奏斗。
そこであることに気づく。
──もしかして、奏斗ってこういうことしなきゃ一緒にいられないとでも思ってるのかしら?
つき合っていた時、確かにこういうことはしていた。
頻繁に感じるのは単に、いつでも会える関係ではなかっただけ。
もし、花穂のところに逃げるためにこんなことをしているのだとしたら?
──よっぽどの性欲の塊でもない限り、三股なんてかけようとはしないと思うのよ、普通は。
たまに何股もかけている芸能人の話しなどを目にはするがモテるモテない以前に、バレないように気も使うし、時間も使うだろう。仮に相手にバレて公開状態だったとしても、何人もの相手をするのは楽ではない。
いわば営業のようなもの。
プライベートだとしても、接客しているのと変わりはしないのだ。
とすれば、彼は花穂を他の男に取られないよう必死ということ。好きな相手がいることを知ったのだから。
──だから、あんただっつーの。
奏斗の行動の意味を理解した花穂は呆れながらも、自分の気持ちを伝えることはできなかった。それが間違いであることを自ら気づかせなければならない。
「寝かせる気ないんだけど?」
自分から立ち向かって来たくせに、一回でぐったりとベッドに突っ伏す奏斗。
花穂は彼の背中を撫でながら、そう言って見せれば、
「鬼かよ。最低男は明日デートなんですよ」
とくぐもった声。
「いいじゃない、徹夜で行けば」
と花穂。
「事故ったらどうしてくれんの」
横を向き、花穂の長い髪に指先を伸ばす奏斗。
「責任もって面倒見るわよ」
「なにそれ、結婚してくれるってこと?」
「え……? どんな大事故起こすつもりなのよ」
一瞬奏斗の言葉に驚いた花穂は絶句するが、巧く切り抜けた。
──何よ、ドキドキさせるんじゃないわよ。
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