44 その約束
「あの時は互いに二十歳未満だったしね」
成人の年齢が早まろうが、人間の身体が成熟するのが二十歳であれば添うべきものも違う。精神的に早く大人になることはできるだろうが。
国によってはもっと早く口にできるところもある。しかし日本では酒とたばこは二十歳になってから。それが法律の定めた基準。
とは言え、二十歳になろうが六十になろうが酒の飲み方を知らない日本人は多い。酒は嗜むものであってその量を競うものではない。呑んでも呑まれるなは常識だが、どれほどの人が守っているのだろうか。
「酒の力を借りなければならないような人は、そもそも何もする必要がないと思うのよね。そんなの勇気でもなんでもないわ」
いつか連れてきてくれる? と叶うこともない約束を口にした奏斗。
それをどうするつもりなのかわからないが了承した花穂。
互いに心のどこかで未来を望んでいたのではないかと思うとロマンチックだ。話の内容はロマンチックとは随分かけ離れているようにも思うが。
「花穂の考え方は好きだよ」
「何よ、口説いているの?」
「面白いこと言うね」
二人は店のお奨めを頼み、ナッツに手を伸ばす。
あの時タブレットの画面で見たままの内装がここにはあった。
「日本は乾杯の仕方も間違っているわよね。あれは掲げるだけなのに。ぶつけたらグラスが割れちゃうわ」
「まあ、日本人は真面目だけれど考え無しのアホの国でもあるから」
「わたし、奏斗の毒舌も好きよ」
花穂の言葉に”何言ってるの”と笑う奏斗。
二人とも約束を果たせたことで浮かれていたのかもしれないし、この先の不安を今だけでも忘れたいと思ってのことかもしれない。
「明日の朝は浜辺を散歩しましょうよ」
ドラマチックな展開は自分たちで作るもの。
「いいね」
彼女に笑顔を向けていても、気になってしまうのは愛美の次の動向。
時間は前にしか進まないのに、自分はいつまでも過去に囚われたまま。それが全ての発端だったのだろう。このまま何もかも投げ出して二人で逃げることができたらどんなに良かったろうと思う。
しかし二人はまだ学生で、将来のことを考えるならば。この先も一緒にいたいと考えればこそ、迂闊な行動に出るのは望ましくはない。
──真面目でアホな日本人。
自分もきっとそのうちの一人なんだろうな。
奏斗はカクテルグラスを眺めながらそんなことを思う。
ドラマや映画の中にしかドラマチックな展開が起こらないのは、現実では”その先の人生”を考えるからなのだろう。
魔の手から逃れるために手を取り合って逃げ出す展開はきっとドラマチックだとは思う。
しかし現実はそんなに甘くない。その先に訪れるのは現実的な生活。きちんと大学を卒業するに越したことはないし、就職活動もすべきだ。
何処へ逃げたところで食べなければ生きられないし、そのためには収入が必要となる。良い生活をしたければ、それなりに学歴は必要だ。それは自分が生きるための武器となる。
「また難しいことでも考えているの?」
「いや」
”先の人生を”と奏斗が答えると、
「その人生にわたしはいるのかしら?」
と悪戯っぽく問う彼女。
酔っているに違いない。
「無論」
奏斗は即答した。
回り道をしたと思う。なかなか自分の気持ちが分からないでいたとも思う。
だがこうして自分の気持ちと向き合い花穂のいる現実を掴んだ自分に、彼女を失うという選択はできない。
彼女の他にもつき合った相手はいた。
しかし一緒にいて自分らしくいられる相手は花穂だけだと思う。
「それなら、何があっても一緒にいてね」
ふふっと笑う花穂。
「新しい約束をしようか」
「なあに?」
彼女は朝になったら忘れてしまうかも知れない。
それでもいいと思った。何度でも約束を交わせばいいと。
奏斗は彼女の左手を取ると、薬指の根元に口づける。
「ここに嵌めてよ。約束の証を俺のためにさ」
「ロマンチックなこと言うのね」
”良いわよ”と笑う花穂を見つめていた。
嵐がやってくるとも思わずに。
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