43 予感と記憶

 翌日。

 結菜を自宅へ送り届けたのち、奏斗は花穂と浜辺にいた。

「やっぱり寒いわね」

 隣を歩く彼女が苦笑いをする。

「そうだな」

 風が髪をさらってゆく。

 ほんの一時の安穏。結菜とも話したがこれで終わりとは思い辛い。

「そんな顔しないでよ、奏斗」

 見上げる二つの瞳。その視線を受け止め、奏斗は目を細める。

 愛美が次にどんな手段にでるのかわかってはいない。だが花穂と別れるつもりはなかった。

「花穂」

「うん?」

 砂に足を取られ、転びそうになった彼女を受け止めてそのまま抱きしめる。


 人は他人が通った道を通ってゆく。良くも悪くも。

 同じ過ちを繰り返しながら。

 同じ歴史を繰り返しながら。

 人は進歩しない生き物だから、どんなに便利になっても同じことばかり繰り返す。 

 他人の人生からどんなに多くのものを学ぼうとも、過ちから脱出するすべを知らない。人類のほとんどはただの凡人で、成功する天才はほんの一握り。

 それなのに寿命だけが無駄に伸びてゆく。どんなに生きようとも、凡人が何かを成すことはない。


 この世で成功するのは凡人でも天才でもなく、世の中のことわりを知る者。人の心理を理解する者。

 インターネットが普及され、その力を遺憾いかんなく発揮できるようになった。

 それでもやはり自分は凡人だと思う。


──凡人にだって幸せになる権利はあるはずなんだ。


 人は環境に嫉妬する。

 けれども、『運も実力のうち』というものだ。

 生まれた環境は確かに己のベースとして関わってくるだろう。

 だがどんなに環境が良くても運を掴むことが出来ないように、実力がなければその才能が開花することはないだろう。その為には努力も必要。

 チャンスは自分から掴みに行くから掴めるものなのだ。


「俺は何があっても別れたくないよ」

「やーね。どうしたの、突然」

 やっと見つけた自分の居場所。

「だから、愛美に何を言われても別れるなんて言わないで」

「え?」

 一瞬驚いたのち花穂は奏斗の背中に腕を回す。

「言わないわ。そんなこと」

 

 結菜と別れさせるために彼女の父の会社に圧力をかけてきたような相手だ。花穂に対しどんな攻撃に出るのかなんてわからない。

 不安で堪らない奏斗に微笑みを向ける彼女。

「ねえ、奏斗」

 背中を撫でる彼女の手が滑る。

「ちょっと行きたいところがあるの」

「うん?」

 奏斗から離れると彼女は駐車場のある方向へ視線を向けた。そして奏斗のパーカーへ手を差し入れると車のキーを取り出す。

「前に約束したわよね」

 なんのことだろうと思いながら花穂の手を掴む奏斗。

「今に分かるわ」

 

 助手席で流れる景色を眺めながら、奏斗は高校時代に想いを馳せていた。

 K学園高等部を卒業してから一年以上が立つ。

 前に約束したの『前』がどれくらい前を指すのかわからないが、一度別れた花穂と再会したのは割と最近のことだ。わざわざ念を押すということは、奏斗が忘れているような約束である可能性が高い。


──最近約束したことと言えば映画くらいだし。

 わざわざ映画館に行くのに念を押す必要はないだろう。


 となれば、自ずと高校時代に約束したことであると想像がつく。

 だが問題はその約束が果たされることはないと思って口にした可能性が高いこと。


──あまり考えたくはないが、その約束を今果たしたいということは……。


 今後、何らかの理由があってしばらく会えなくなる可能性を考えてのことだろうと思った。

 それから小一時間ほど車を走らせ、ついた先で思い出を呼び起こす。

 これだけ時間がかかったのは、そもそも結菜の実家と奏斗の家が離れていたことにある。

「ここって……」

 それは確かに約束した場所ではあった。

 しかし、叶うことはないと思って口にした場所でもある。

「奏斗にとっては思い出したくない記憶かもしれないけれど」

 駐車場に車を停め、先に降車した花穂。驚きながらも奏斗はそれに続いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る