7.5話 理解されない情熱【Side:花穂】
1 あなたの光になれたなら
「あのさ……」
「なあに? 奏斗」
壁に押し付けられ、軽く両手をあげる奏斗。
「この状況は、非常にまずいんじゃないかと思うんだよね」
「そう?」
ホテル最上階のレストランで食事をし、その後花穂の予約した部屋に来た。
「合意の上できたんでしょ?」
「そ、そういうことではなく。俺、監視されているわけだし」
実のところ花穂は今回の件に関して、誰がなんの目的であんなことをしているのか予想はついていた。
「だって、おうちはダメなんでしょ? ゴミ漁られても困るしねえ」
のんびりとした口調でそういうと、彼のシャツの裾から手を差し込みその肌を撫で上げる。
「奏斗はしたくないの?」
「そんなことないけれど、ほら先日もしたし」
たじろぐ彼の背中を直に撫で、
「うん。すごく良かった」
と微笑んで見せた。
弱ってボロボロになっている奏斗は正直そそる。
『ちょ……こんな時に、なに』
『愛のあること、しようよ奏斗』
『飲んだ時は、無理だって』
無理という本当の意味をあの時知った。
『いいわよ、奏斗は寝てるだけで』
変に純情でプライドの高い彼は、なすがままにされるのは耐えられなかったらしい。あれ以来、主導権を握りたくなってしまうのは致しかたないだろう。
「なんでそんな嬉々としているんだよ」
「可愛かったから」
奏斗は瞬きを一つして床に視線を落とす。
「なんで拗ねるのよ」
可愛いと言われることが好きではないことぐらい知っている。それでも花穂にとって彼は可愛い人なのだ。
「ほら、お湯が入ったって。入りましょうよ」
両思いになるまではどこか罪悪感があった。今だって恋人のいる男を誘っていることには変わらない。
常識的に考えればおかしなことなんだろう。
それでも、繋ぎとめるわけではなく。
遊びでもなく。
彼に愛を伝えるために。
彼をトラウマから解放するために、今それを望む。
間違っていると言われれば、そうなのだろう。
自分勝手と言われても否定はできない。
けれども、彼を幸せにしたい。救いたいという気持ちは否定されたくないと思う。
手を引いて脱衣所まで来ても、奏斗は躊躇っているように見えた。
「ほんとに嫌なら、しないわ」
「俺の意思が弱いことくらい知っているくせに」
”一緒に入ってくれるの?”そう問いながら、彼がシャツを脱ぎ捨てる。
「奏斗は……」
その肌を抱きしめるように、背中から奏斗に腕を回す。
熱を分けるように。
花穂は深く息を吐きだすと、
「求められたいのよね。深く愛されたいと思っている」
そう言葉を続ける。
「でも、愛が分からない。だから愛によって傷つけられてボロボロになるの」
理想を押し付けられることの辛さはわかる。
イメージを勝手に植え付けられる苦しさも分かる。
愛されることは罪なのだろうか?
「わたしは、そのままのあなたを愛しいと思う」
強くなくていい。助け合って生きていけるから。
泣いてもいい。慰めてあげられるから。
傷ついてもいい。癒してあげる。
寂しいなら、傍にいる。
だから、そのままでいい。
「優しい愛で包んであげられたらいいなと思う。時に、情熱的に」
何も言わずに黙って花穂の話を聞いていた奏斗は、自分の腹に回る手に自分の手を重ねた。
「そんなにボロボロになっているのに、まだ一人で戦う気なの? わたしは立派な共犯なのに」
そもそも恋人がいることを知りながら近づいたのはこっちなのだ。
恋愛は一人でするものではない。
だからこれ以上、一人で責められるのは間違っていると思う。
「怖いよ、とても」
それは何に対してなのだろうか?
「バランスが崩れたらどうなるのか、わからない。怖くてたまらないんだ」
きっと『美月愛美』のことなのだろう。
結菜が奏斗の事情を知っていることは本人から聞いて知っている。
実質、彼女が奏斗を守るための砦であることも。
──好きだから執着する気持ちはわかる。
それはわたしも変わらないから。
けれど、強気でいられるのは何か他に理由があるのではないかと感じていた。
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