30 なんだ、その例えは

「こんなこと聞くのはどうかと思うのだけれど」

 誰にもつけられていないことを確認した花穂はシートベルトを締め直し、再び車のエンジンをかける。

 どうやら始終張られているわけではないようだ。


「何?」

「奏斗って、意外と独占欲強かったりする?」

「意外と?」

 奏斗が片手を上に向け、呆れたという声を発する。

 ”何見てんだ、お前は”とでも言いたいのだろうか。

 それとも”妬いてない”と言いたいのか。


「花穂の中で俺って、どんなイメージなわけ」

 奏斗に関しては、以前おつき合いしていた頃のイメージが未だに抜けないでいる。

「クールで無口。でも優しい」

「クール……ねえ」

 花穂の返答に不満そうということではなさそうだが、肯定的ではない。

 しかし奏斗はお世辞にも熱い人とは言えなかった。


「いい加減気づいてると思うけど、俺はわがままだしヤキモチ妬きです」

「それは、最近気づいた」

「なに、その嬉しそうな反応」

 思わず笑顔になってしまった花穂に怪訝そうな奏斗。

「え。だって好きな人の意外な一面知るのって嬉しくない?」

 花穂の言葉に”同意しかねる”という反応の彼。

「それに、意外でもなんでもないだろ?」

 駐車場から出た花穂は”どこに行くんだ?”と問われ、”帰るわよ”と答えながらハンドルを切る。


「独占欲なんて向けられたことないし、風花ちゃんのわがまま上手にいなして、良いお兄ちゃんって感じだったし」

「だってあの頃は花穂に遊ばれているって思っていたし、お互い恋愛感情からつき合ったわけじゃないだろ? 風花に関しては……長子ってのはそういうもんだよ」

「一個、訂正してよ」

「何を?」

 前を見たままの花穂にチラリと視線を投げる奏斗。

「わたしは好きだった。見たのは写真だったけれど、一目ぼれだったの」

「え……」

「わたしは好きだった、奏斗が」


 ちゃんと説明したつもりでいたが説明不足だったのだろう。

 彼は、会ってから段々惹かれたと勘違いしているのかもしれない。


「最低だと罵ってくれてもいいわよ。わたしは義弟も岸倉も利用して奏斗に近づいた」

 岸倉とは大学時代のOBで例の教師の名だ。

 言葉をなくした奏斗。

 どんな表情をしているのだろうとチラッと彼に視線を移し、ぎょっとして二度見した。

「前見て、危ない」

 真っ赤な顔をして腕で顔を抑える奏斗。

「み、見るけど。なんでそんな照れるの?」

「慣れてない、そういうの」


──慣れてない? 何に?


「奏斗って高校の時、モテまくってたって聞いたけど?」

「誰情報なの、それ」

「わたしの情報源は愛花先輩。主に大里姉妹」

 愛花の妹、ミノリは奏斗のクラスメイトでもあった。

「告られるのなんて慣れてるでしょ?」

「そういうんじゃないんだよ」

 ”花穂は良く知らない人から好きだと言われて照れるか?”と問われ、たしかにそうねと思う。

「よく知る人と初めてカラオケに行く感覚なのかしら?」

「なんだ、その例え」

「だって、なんとなく気恥ずかしいじゃない」

 なんの話をしていたのか分からなくなってきたと奏斗が笑う。


「とにかく、俺が言いたいのは。独占欲を向けていい相手じゃないし、あの時は好きとかそういうのは正直わからなかったから」

「今は好きってこと?」

「好きだよ。そう言っただろ」

 だが、彼の好きは自分だけに向けられているような気がしないのだ。

 こればかりは仕方がない。

 責めるわけにもいかず、

「早く正式な彼女になりたいわね」

と零せば、

「善処します」

と彼。


「ところでさ」

「うん?」

「モテの定義ってなんなの?」

 奏斗は自分がモテると自覚はしているが、納得はしていないらしい。

 つまりそれは『好きと言われることが多い』と自覚はしていても『好かれていると思っていない』ということ。

「そうねえ……虫が寄ってくるってことかしら? 害虫が」

 花穂の返答に彼が吹き出す。

「なんで憎しみがこもっているんだよ」

「どうしてでしょうね」

 花穂は曖昧に返答し、ニコッと笑ったのだった。


──やっぱり……奏斗のこと何も知らないくせに、勝手に理想に押し付けて告白しておいて、振られたら腹いせする害虫には腹が立つわね。

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