36 結菜の素性
「奏斗くんはビーフシチューがお好きなんですか?」
「ん、好き」
奏斗が美味しそうに食す様子をニコニコしてみている結菜は、オムライスを頼んだ。そんな彼女に一言。
「早く食べないと冷めるよ」
「あ、はい」
結菜に出会ったのは去年の秋。
大学構内のベンチに手帳を置きっぱなしにしてしまったことがきっかけ。
彼女は奏斗の悪い噂を知っていたらしく、初めは警戒していたようだ。それが偏見だと気づいたのは奏斗の手帳に書かれていた詩を見たことに起因する。
あの後、駅前を本屋に向かい歩いていたら、クレープ屋の付近でお一人様の彼女に遭遇。詩を書くコツを教えてあげたのだ。
あの日結菜に出会っていなかったら、今自分はどうしていたのだろうか? と思う。
本屋を出てデパートに向かったところ、高校時代に喧嘩別れしてしまった元カノの美月愛美に遭遇。あの時、咄嗟に”彼女のフリをして欲しい”と結菜に頼んだものの……。
──妹に頼まれたプリンを買いにデパートに行っていたとしても、一人だったらもっと早い時間に着いていたはず。
とはいえ、遅かれ早かれ再会していただろう。
同じ構内にいるんだしな。
そう思うと花穂と遭遇しなかったのが意図的だったんだなと思える。
心の中でため息をつくのは、自分は会いたかったからだと思う。
──それが好きなのだということに気づかないのは、もしかしたら自覚したくなかったのかもしれない。
もう、傷つきたくないから。
以前、妹の風花に言われた言葉。
『別れたくないなら別れたくないって言えばいいじゃん。なんで言わないの? どうせ拒否されたら自分が傷つくからでしょ?』
全くその通りだと思う。
──聞いてみればいいのか、本人に。
他の人といるのに花穂のことばかり考えている自分がいる。
それでどうして好きでないと思っていられたのか、自分のことながら不思議だ。
「なあ、結菜」
奏斗は口元をナプキンで拭うと本題に入る。
彼女は自分にとって恩人だ。
あの時出会っていなければ、自分には愛美とヨリを戻すという選択肢しかなかったし、花穂のことが好きなのだと気づくこともできなかっただろう。
「今まで、色々ありがとな」
「止めてくださいよ、今生の別れみたいな言い方は」
季節はいつの間にか春だ。
春は別れの季節っていうよなと思いながら、
「さっきの話だけれど」
と話を続ける。
「花穂には自分の気持ちを伝えたよ」
”身勝手だけれど、花穂と恋人になりたい”と本心をストレートに告げると、
「祝福しますよ」
と彼女。
「怒ったりしないのか?」
「いいえ。こうなることは心のどこかでわかっていたし、それにわたしも奏斗くんに言っていないことがあるので」
何だろうと思っていたら、衝撃の告白をされ奏斗は言葉を失った。
「え。あの大川の令嬢なの?!」
大川という苗字はそこまで珍しい苗字ではない。だが”あの大川”というのはこの辺では有名な資産家の大川家ことを指す。
有名な理由は資産家だからではない、彼女の祖父を雑誌でよく見かけるからだ。
「じゃあ外部生というのは……」
K学園では、幼稚園からの学生を内部生。それ以外の時期から入学した生徒を俗に外部生と呼んでいる。
「ごめんなさい、嘘です」
K学園では内部生というだけで”良家の子息、子女”という憶測がつく。外部生とは住む世界が違うということだ。
──流石K学というか、なんというか……。
花穂も次期社長だしな。
「なんで偽っていたのかは、おおよそ想像はつくけど」
白石家は両親共働きでそこそこ裕福な方ではある。だが一般家庭。
K学園というところは、少し特殊。
理事長は『格差社会だからこそ、教育が大切である』と考えている。
補助制度が充実しているため、何か事件を起こし退学などという場合以外は除くが卒業まで保証されているのが特徴。
そんなことが出来るのも、会社経営者やセレブな親たちや卒業生からの多額の寄付があるからだろう。
卒業生がそれらの企業に就職しやすいのも利点の一つ。
改めてK学の凄さを思い知った奏斗であった。
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