2 第三の選択

「そういえば聞いたわよ。二股かけてるんですって?」

「早耳だな」

「あら、否定はしないのね。イイ男の噂は回るのが速いのよ」

「イイ男ねえ……。否定して欲しかった?」

 自分でも何故こんな質問をしているのか分からないが。

 案の定、花穂は『何言ってるの?』というような顔する。


「どうせまた脅されてるんでしょ?」

 奏斗がつまらなさそうに窓の外を眺めていると、花穂はそんなことを言う。

「あなた、脅されたら意外と折れるものね」

「すみませんね、意志が弱くて」

「別に責めてないわよ? わたしも脅した口だし」

 なんだ自覚があったのかと思いながら、奏斗はチラリと花穂の様子を伺った。少しは反省でもしているのかと思いながら。


「抵抗しないのは良くないと思うわよ?」

 わたしが言うのもなんだけれどと加えて。

「抵抗しないのはポリシー」

「おかしな人ね」

「何とでも」

 再び窓の外へ目を向ける奏斗。

「襲われるのが好きなわけ?」

「ちょ……それは違うだろ」

 信号機でブレーキを踏んだ花穂はカーナビに手を伸ばす。

 流れ出すBreaking the Habit。

 

 花穂とつきあったのはたった数か月。知らないことも多かったと思う。一学年上の彼女は当時、既に大学生だった。いつもスタイリッシュなカッコをしていたことを思い出す。すらっとした体形に良く似合うファッションを好み、Vネックの身体のラインが出るトップスにスキニージーンズなどを着こなしていた。


「今度は年上? 年下?」

「同じ年だよ」

「へえ。意外ねえ」

「意外?」

 元カノも和馬も同じ年だぞと思っていると、

「奏斗には年上の方が合うわよ」

と花穂。

「なんでそう思う?」

「奏斗は大人っぽいけれど、周りに振り回されやすいから。多少余裕のある女じゃないと合わないわよ。年上なら立ててくれるでしょ」

 いつの間に目的地に着いていたのか、彼女の車は駐車場へ入っていく。

「立ててくれたことあったっけ?」

「いつも立ててあげたじゃない。忘れたの? わたしのテクニックで」

「おい……」

 下ネタかよ、と額に手をあてる奏斗。

 

 確かに元カノの愛美とも今カノの結菜とも違い、花穂は楽な相手だ。だがそれは、男慣れしているからと言えなくもない。

 こと、結奈に関しては人間慣れすらしていないのではないか? というくらいコミュニケーション能力がない。それでも一緒にいると楽しい相手だ。


「やめちゃえばいいのに」

 彼女は、ハンドルに覆いかぶさるとこちらに視線を向けて。奏斗はどきりとした。

「二股なんてバカがすることよ。どちらかが選べないなら、どっちも好きじゃないのよ」

 花穂はヤレヤレというように肩をすくめるとシートベルトを外す。

「そんなんじゃ……」

「どうせ奏斗のことだから、断りきれなくてどっちともヤッちゃったとかなんじゃないの?」


 的を得ていて、奏斗は返す言葉がなかった。シートベルトにかけた手が止まる。

「第三の選択もあるわよ」

「え?」

 そこで奏斗は襟元を引き寄せられ、口づけられた。

「おい、なにすんだよ」

「キス」

「そういうことじゃなく……」

「まんざらじゃないくせに」

 彼女にくすりと笑われ、奏斗はその顎をとる。花穂は目を閉じた。

 こんなの間違ってると思いながらも、奏斗は口づける。彼女の腕が背中に回り、奏斗も腕を花穂の腰に回す。


 どうせちょろいと思われているに違いない。それでもやめられなかった。

 身体に教え込まれた、言わば習慣のようなものを。


「行きましょ」

 深く求め合って、やがて離れる。執着も束縛もない関係。

 きっと、愛さえない。

 なんでこんなものに慣らされてしまったのか。


──どっちつかずなのは、あんたのせいだと言ったらきっと、喜ぶだけなんだろうな。


「花穂」

 車から降り、ドアを締めると先に降りていた花穂が何、というように髪をさらりと指先でもて遊ぶ。

「第三の選択ってなんだよ」

 奏斗は両手をポケットに突っ込んで。

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