3 救い

「そんなこと聞いてどうする気?」

「どうするって……」

 花穂は奏斗の傍まで歩いて来ると、腕を組み奏斗を見上げた。

「何が気に入らないのよ。さっきから、あなた変よ? わたしに何を期待しているの?」

 ずっと自由な関係だったのだ、何かを求めることそのものがオカシイと言われてしまっても仕方ない。

「わたしは、あなたを救うことはできない」

 彼女は少し考えてから、

「違うわね。わたしはあなたを救えなかった」

と言いなおした。

 彼女の指先が奏斗の頬に触れる。


「そんな顔しないでよ」

「どんな?」

 奏斗はじっと彼女を見つめかえして。

「路頭に迷った子供みたいな」

 自分はそんな表情をしているのかと思った。

「奏斗はあの頃から、ずっとボロボロよ。望まないことばかりしているから」

 そうでしょう? というように首を少し傾ける花穂。

 あの時もっと真剣に向き合っていたなら、この虚無感も感じなくていいものだったのだろうか?

 奏斗は浅く息をつくと、両腕を伸ばしおもむろに彼女を抱きしめた。

 彼女はバカねと言うように抱きしめ返してくれる。それはきっと慰め。


 あの頃、タイプだと言って近づいてきたのは花穂のほうだったのに、彼女は束縛も執着もしなかった。だから遊ばれていたのだと思ったのだ。

 卒業と同時に別れを切り出してもあっさりしたものだった。


『なあ、俺のこと好きだった?』

 

 聞きたい言葉は今でも音にはならない。

 彼女は好みのタイプだとは言ったものの一度も好きとは言わなかった。期間限定の恋人にそんなことを言う必要はなかったのかもしれない。

 偽りでも、その言葉を求めた自分はバカだったのだろうか?

 好かれているから付き合う。そんな純粋なものを求めた自分が。

 

 それでも彼女は奏斗のことをちゃんと観察していた。

 そういうことなのだろう。


 自分では一切強がっているつもりはない。

 平気だと思っていた。

 それを見抜いて救えなかったと言ったなら、彼女は傍にいる間に奏斗を癒そうとしていたのだと思う。

 それは愛とは言わないのだろうか?


『奏斗は、和馬があの男と自分を二股にかけていても満たされるの?』

 ある時、花穂はそう奏斗に問いかけた。

 あの時自分はなんと答えただろうか?


「あなたは、壊れる前に自分が傷ついていることに気づくべきだわ」

「どうすればいい?」

 救いを求めるように彼女をきつく抱きしめる。

「言ったでしょ? わたしじゃ奏斗は救えない」


『突き放さないでよ』


 言葉は声にはならなかった。


 付き合っている間、奏斗には花穂が何を考えているのか分からなかった。いや、どんな考えをしてどう行動するのかくらいは分かる。

 彼女は会えば、いくらでも話をしてくれたから。

 きっと心を開かなかったのは自分の方なのだ。


 再会して、

『友達にでもなりましょうよ』

と彼女が提案したのはきっと気まぐれではない。

 奏斗が放っておけなかったからなのだと思う。きっと今頃気づいても遅い。

 彼女は諦めてしまっているから。


 それでも彼女はたまに奏斗を呼び出しては食事や買い物へ行った。

 その付き合い方は、交際をしていた時と大して変わらない。

 用があると言えばあっさりと引き下がる。絶対に無理強いはしない。


 まるで彼女にとって自分はそこまで必要な人間ではないと言われているようにも感じた。今もそうだ。


 奏斗には過去に心から愛した女性がいた。

 美月愛美。大学で再会し、まだ自分のことを思ってくれていたこと知った。それなのに、花穂との過去が自分を縛り続け、その愛を受け入れることが出来ず、ちょうどその頃出逢った『大川結菜』に逃げたのである。

 結果どっちつかずの二股状態になってしまった。


 拒みながら受け入れる愛は、日々自分の心を蝕んでいく。

「自分に素直になってみたら?」

 花穂は奏斗の腕を解きながらそう言った。

 それが出来たら、どんなにか楽だろう。

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