4 花穂との日常

「で、何を買うんだ?」

「一応、資料を。奏斗は本屋には用はないの?」

 片手をポケットに入れて歩く奏斗。その腕に自分の腕を絡める花穂。

 こんなところを恋人に見られたら面倒なことになりそうだ。

「いや、とくには。ここで待ってるよ」

 スマホを取り出すと、メッセージの新着が。

「あら、デートの最中だっていうのに、他の女?」

と肩を竦める花穂。

「女には違いないが、妹だな」

「あら、風花ちゃん。相変わらず仲が良いのね」

 奏斗から離れた彼女は腕を組んでこちらを眺めながら。


「仲が良いというか……便利屋か下僕だな」

と奏斗。

「ようやく認めたの? あなたドMだものね」

「なんだよ、そりゃ……」

「思ったことを言ったまでよ」

 花穂はクスクスと笑うと踵を返し、本屋へ入っていく。


──風花……だけじゃないんだけどな。

 

 奏斗は画面を見つめ、頭痛がした。

 元カノ『美月愛美』から、”今夜会えないか”という内容のメッセージ。

 今カノ『大川結菜』からは”明日の服が決まらない”という相談。明日はデートの約束をしていた。

 

 結菜はギャル系ファッションを好むため、奏斗と出かける時はこうやって相談が来ることが多い。浮いてしまうことを自覚はしているが、他のファッションとなるとてんでダメ。一応候補も送ってはくれるのだが。

 ”裸じゃなきゃなんでもいいぞ”とメッセージを返すと、しばらくして”おこです”のスタンプ。非常に可愛らしい。

 結菜はその見た目とは反し、明るくはあるがコミュニケーション能力が皆無といっても過言ではない子なのだ。お付き合いするのも奏斗が初めて。

 詩集などが好きな文学少女でもある。

 愛美とのことがなければ順調にお付き合いをしていただろうが、その愛美のことがあったからお付き合いを始めたという経緯もあった。


 続いて愛美に返信しようとしてしばし思案する。

 花穂とは本を買って終わりということはないだろう。食事をして帰ったとして、そのあと愛美に会いに行くことを考えた。

 会いに行くとはつまりそういうことなのだ。花穂とあんな話をしたばかりなのに、流されて身体を重ねるというのはいかがなものだろうか?


──誰といても結果、そうなることにはかわらないけれど。


 それが良くないことであることくらい、自分だってわかっている。

 拒めない自分が悪いのだ。

 今日は用があって無理だというメッセージを送って顔をあげると、買い物を終えて戻って来た花穂が心配そうにこちらを見ていた。

 滅多にしないその表情に奏斗はドキリとする。


「また風花ちゃんに無理難題、吹っ掛けられているの?」

「あ、いや。風花は特には」

 なら良いけれど、と彼女。

「用があるなら帰る?」

と続けて聞かれ、

「むしろ、傍にいてくれよ」

と思わず口にしてしまい、奏斗は慌てた。

 花穂の瞳が驚きに見開かれ、やはりおかしなことを言ってしまったと自覚する。

「奏斗。あなたねえ……」

「悪い、失言だった」

 床に視線を落とした奏斗。花穂の手が奏斗の後ろの壁につかれる。

 これはいわゆる壁ドンか? と思いながら視線をあげると、

「そういうこと言うと、襲うわよ」

と言われた。

 奏斗は瞬きを一つすると、首を少し傾げ、

「いいよ、別に」

と彼女をの瞳を見つめる。


 花穂はため息をつくと、

「あなた、バカでしょ」

と言ってスッと離れた。

 歩き出す彼女。奏斗はその後を追う。

「自暴自棄になるのも大概になさいよ」

「そんなんじゃないよ」

 呆れている彼女に何を言っても無駄なのかもしれない。怒らせた自覚くらいはある。

「まあいいわ。用がないなら、食事にいきましょう」

「ああ」

 奏斗は花穂に追いつくと、その手を取った。

 恋人繋ぎをする奏斗に、信じられない! という軽蔑の視線を送る彼女。

「なんなの? わたしを口説いてるつもりなの?」

「うん」

「はあ……ほんとバカね、あなた」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る