2話 瞳に映るもの 【Side:花穂】

5 花穂の本音

──何考えてんのよ、もう。


 今は交際していた頃とは違う。

 期間限定の恋人同士で、あっさり終わったのだ。

 そして、一年何事もなく過ぎた。


 彼を始めて知ったのは大学の先輩の話の中である。彼女の妹の同級生が酷い噂を立てられているが、本人は我関せずといったように飄々としているのと言うのだ。

 派手な容姿のイケメンで、元々人気はあったが恋人がいたため行動に出る者はいなかった。

 恋人と別れ、毎日友人と遊び歩くようになったとか。それがどうして、派手に女遊びをしていると噂を流されたのか。

 花穂は興味を持ち、その先輩に写真はないのか? と問うた。

 すると、

「所持しておりますが、見ないほうが良いと思いましてよ?」

と言われてしまう。

「どうしてですか?」

「うーん……後悔すると思いますの」


 噂ではイケメンだというではないか。見て後悔するとは、どういうことなのか。

 どうしても見たいと懇願すると、

「自己責任でしてよ」

と言いながらスマホをこちらに向けた。

 確かに後悔はしたと思う。


──あれは、一目惚れって言うのよね。


 あのあと父が再婚し、義弟できた。まさか噂の彼とクラスメイトだとは思わなかったが。

 その後、自分をフったOBが義弟とただならぬ関係になっていることを知り、そこに彼が関わっていることを知った。


──あんなあっさり代わりを引き受けるなんて、思わなかった。


 隣を歩く奏斗を見上げる。なんであの頃よりも複雑な事態になっているのか分からない。

 正直、諦めるために付き合ったのだ。

 中身を知れば嫌いになれるかも知れないと思ってもいた。


 だが、つき合ってみてわかった。

 奏斗は、理想通り。どんどん惹かれていく自分がいた。

 この交際には期間がある。

 だからそれを出すことはできなかった。


──好きの一言でも言えばよかったのかしら?


 明らかに彼は病んでいる。

 本人は気づいてないようだが。


 襲ってもいいだなんて、どうかしている。彼は少なくともそんなことを言う人ではなかった。


──わたしが、そうしてしまったのかも知れない。


 彼は他に好いた相手がいたのに、自分と何度も身体を重ねたのである。

 別れて一年後に、二股をかけるような彼をみて思う。

 こんなことになるならば、側にいれば良かったと。


 奏斗が好きだったのは花穂の義弟。元カノと別れてボロボロになっていた奏斗を救ったのは彼だった。

 追い打ちをかけたのは自分。身勝手なことをした自覚はある。


 駐車場までくると、鍵を車に向けドアロックを外す。

 手を繋いだまま運転席のドアに立つと、彼がじっとこちらを見つめていた。


 彼と交際していた間は恐らく、夢のような時間だったと思う。


「奏斗、ダメだって」

 口づけされそうになって彼の胸を押しのけようとすると、両手首を掴まれ動きを封じられてしまう。

「なんで?」

「なんでって……」

 さっきは自分からしたくせにとでも言いたげな顔をする。

「花穂はズルいよ。いつだって俺を振り回すくせに」

 切なげに眉を寄せる奏斗。


──期待してしまうからやめてほしいだけなのに。


 花穂は抵抗をやめ、目を閉じた。途端に口づけられる。

「んん……ッ」

 本当にどうしてしまったと言うのだろうか。

「んもっ……いい加減に……」

 何度もしつこく唇を奪われ、さすがの花穂も我慢の限界を感じた。

 この男は人の気も知らないでと、イラッとする。

本当ほんと、襲うわよ」

 怒りを含んだ花穂の言葉に奏斗が小さく笑う。

「いいよ。しようよ、花穂」

 花穂は一瞬泣き出しそうな顔をした奏斗に息を飲む。そのまま抱きしめられて、そっとその背中に腕を回した。


 泣きたいのを耐える。

 自分には彼は救えないのだ。

 壊すことはできても。


──わたしは無力。

 愛した男に何もしてあげられはしない。


「そばにいてよ、花穂」

「そんなふうに縋るのはズルイわ」

 断われるわけなんてないのに。

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