6 分からない気持ち

「どうしたのよ」

 助手席に乗り込んだ奏斗は思った以上に疲れ切っているように見えた。


──まだ、何もしてないんですけど?

 そんなんで本気でしたいなんて言ってるの?


「いや、大丈夫」

 奏斗は花穂の言葉に反応し、シートベルトに手を伸ばす。

「飯、行くんだろ?」

 シートベルトをしめた彼は作り笑いを貼り付け花穂の方に視線を向け、固まった。

「予定、変更よ」

「え?」

「うちで良いわよね」

 花穂は前に向き直るとアクセルを踏み込んだ。


 奏斗は驚いた顔をしていたが、カーナビに手を伸ばすと音楽の再生に触れる。

「うちって……?」

「去年から一人暮らししてるのよ」

「そっか……」

 さみしげな曲が流れ始め、奏斗が目を細めた。流れ行く街の灯り。

「何よ、男なんて連れ込んでないわよ?」

「俺は、何も言ってない」


 腕を組み、窓の外に目を向ける彼。

「俺と別れたあと、どうしてたの」

 何故、今更独占欲なんて向けるのだろう。花穂はそんな風に思った。

 確かに奏斗とつき合うまで形ばかりの彼氏が途切れたことはない。

「何か勘違いしているみたいだけれど、あの時言ったようにわたしは簡単に身体の関係になったりはしない」

 奏斗が小さくため息をつく。

「奏斗と別れたあと、誰ともしてないわよ」

 少しムッとしてそう言った花穂に、

「俺はしたよ」

と、投げやりに言う奏斗。


 彼の態度に殴りたい衝動にかられる花穂。

「なんなの?! 喧嘩売ってるの?」

「そんなんじゃない」

 彼は相変わらず窓の外を見つめたまま。胸を抉るようなメタルロック。

 泣きたい気持ちになりながら自宅に向かった。


──なんなのよ。

 何が気に入らないのか、全然わからないわよ。


「いいトコに住んでるんだな」

 地下駐車場に車を停めエレベーターに乗り込むと、そう言って彼が花穂の手を掴む。

「あなたは、随分と女の扱いに慣れたみたいね」

「……」

 繋いだ手を見つめながら嫌味をこぼせば、奏斗は悲しげに花穂を見つめる。

「な、何よ」

「手を繋ぐのは嫌?」

「そんなことないわよ」

「じゃあ、俺と繋ぐのが嫌なのか?」

「はあ?」

 花穂はなんと返せばいいのか分からない。


 こんなやり取りは初めてなのだ。

 交際していた時のことを思い出す。彼はスマートでクールだった。もちろん、こんな風に花穂を苛つかせることもない。


──これじゃまるで、いもしない幻影にヤキモチでも妬いてるみたいじゃない。


 エレベーターが目的の階に着くと花穂はため息をつき、奏斗の手を引いて箱から降りる。

 相変わらず何を考えているのか分からない彼が黙って後に続く。

 部屋の前に着くと鍵を開けながら、

「うちにあげるのは奏斗が初めてよ」

と告げる。

 今度は何も言わなかった。

 ハイヒールを脱ぎ、ダイニングキッチンへ向かうとカウンターテーブルに置かれた小さなカゴに手を伸ばす。

「はい」

 奏斗の気配を背後に感じ、花穂は掴んだものを彼に向かって放り投げる。

「ちょ……っ」

 ダイニングキッチンの入口に立っていた奏斗が慌てそれをキャッチした。


「何?」

と手の中のものを見つめる彼。

「合鍵」

 花穂はカウンターに寄りかかると腕を組んで。

 奏斗は近くまであるいて来ると、花穂の後ろに両手をつく。

「なんで」

「なによ、近いわよ」

 花穂は奏斗の髪に手を伸ばす。

「何か問題でも?」

 彼は動じない。

「奏斗、あなた。変わったわね」

 彼はそう? と言うと上体を起こす。指先から離れてゆく、奏斗の髪。

 花穂はカウンターに乗り上げると彼の襟元を掴み引き寄せた。

 そしてどちらからともなく、口づけを交わす。


「変わったわ」

 花穂は奏斗の背中に腕を回し、そのまま胸に頬を寄せる。

「そんなことないよ」

 奏斗は片腕で花穂を抱きしめると、髪に手を差し入れちゅっと口づけた。

「なんで合鍵なんて、寄越すんだよ」

「わたしを疑ってるからよ」

 花穂の言葉に彼は黙る。

「わけのわからないヤキモチは止めてよ」

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