7 理解したいと願う

 奏斗はズボンの後ろのポケットとからキーケースを取り出すと、そこに花穂の部屋の鍵をひっかけた。

「返す気はないの?」

と花穂。

 要らないと言われることも想定していたが、簡単に所有物にするという行動は予想外であった。

「なんで返すの」

 彼はキーケースからチラリと上目遣いで花穂に視線を向けて。

「いや……だって彼女いるわけでしょ?」

「いるよ」


 奏斗はキーケースをポケットにしまうと花穂を胸に抱きしめて、頭に顎を乗せる。

 ”何考えてんのか分からない男ね”と思いながらも呆れていると、

「花穂が『別れないなら、もう会わない』とか言うなら別れるよ」

「ちょ……何言ってんの? 逃げる気?」

「もう、何も考えたくないんだよ」

 疲れ切った声。


 彼がどんな付き合い方をしていて、どんな状況なのか詳しく知っているわけではない。だが、追い詰められていることだけは感じ取れる。

 話を聞くべきだと思った。あの時は全てが失敗だったとしか言えない。

「ねえ、奏斗」

「ん?」

「わたしに話す気はないの?」

 何に苦しんでいるのか。それを知ることをが出来ればアドバイスの一つもできるのではないかと思った。

「話してどうすんの」

 諦めきった声。だがそんな言い方はあんまりだ。

「何か助言できるかもできないでしょう? 少なくともわたしはあなたよりも年上なわけだし」

「まともな交際もしたことがないのにか?」

 正論を述べられてイラっとした花穂は力いっぱい奏斗を抱きしめた。


「痛っ……なんだよ」

 彼が笑っている。

「腹が立ったから」

「それは悪うございました。花穂は好きなやつとかいないのかよ」

 最低な質問をするのねと思った。

 こんなことをしておきながら、そんなことを問うのかと。

「いるわよ」

「え……?」

 奏斗の身体が強張るのが分かった。


 彼は元は一途で真面目な人だったのだ。そんな彼を変えたのはきっと自分。だから、この反応も想定内。罪悪感が湧かないわけがないのだ。

 他に好いた相手がいるのに、その相手に求めることではない。


「じゃあ、なんであんなこと言うんだよ」

 完全に拗ねてしまっている。可愛いなと思った。

「あんなこととは?」

 何のことかおおよそ想像はつくが、彼は花穂のS心を刺激する。

「襲うとか……そういうこと」

 バカな人だと思った。


──相変わらず筋金入りの鈍感男ね。

 合鍵まで渡したのに、どうしてわからないのかしら?


「少しは、自分で考えてみたら?」

「自惚れたくない」

 花穂は思わずクスリと笑う。

「可愛いこと言うじゃない」

「は?」

「奏斗はわたしとつき合っていたとき、少しは楽しいと感じたの?」

 花穂の質問に、彼が息を呑む。想定外の質問だったのだろうか。

「それは、まあ」

「そう。それなら良かったわ。それで……わたしのことを引きづっているのかしら?」


 花穂の質問に黙り込む彼。

 否定しないのは肯定と同等。

 引きづっている理由を知りたいが、どう質問すればいいだろうか?


「わたしはあれでも後腐れのないような交際をしていたつもりなのだけれど?」

 そうではなかった? という意味で切り出す。彼の心に引っかかっているのはなんなのか、知らなければ前には進めない。

 渋々つきあっていたはずなのだから、別れて清々したとしても、引きづるのは変だ。

「俺は……そんなに割り切れないよ」


 奏斗は正直、性欲の強い方には感じなかった。

 自分が好きな相手ではないからそう感じたのかもしれないが、そのことを考慮するならば相手はいくらでもいるはず。彼はモテるのだから。

 それとも、責任を持たなければならないような相手はお断りしたいということなのだろうか?

 だとしたら、元カノを引きづっていたことと辻褄が合わない。


──なによ、まるで私のことが好きみたいじゃない。


 どうしてもその結論に納得のいかない花穂は、また真実から一歩遠ざかるのであった。

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