12話 向き合うべきもの【Side:花穂】
45 勇気
花穂は実家のドアの前に立っていた。緊張した面持ちで。
和馬の実母であり、自分にとっては義母にあたる彼女には今回のことをすでに説明済みだった。
彼女が父と再婚したのは自分が大学生になってから。
父の人生は父のものであると思っていたから特に反対はしなかったが、血のつながらない男女が一つ屋根の下で暮らすことに対して何も思わないのだろうかと不思議には思ったものだ。
だがその懸念がすぐに不要だと気づく。義理の弟となった和馬の好きな相手は男性教師だったから。
ただ、彼女がそのことを予め知っていたのかは定かではない。
「何もなければこんなことにはならなかったんだけどね」
小さく呟いて花穂はため息をつく。
問題はここからなのだ。
義弟の好きな相手は花穂の大学のサークルのOBでよく知っていた相手。そして当時、奏斗は高等部で酷い噂により孤立したような状態となりその教師に助けられた形となった。
自分の好きな相手が奏斗と仲が良かったことに嫉妬したのか、和馬は奏斗を利用しようとしたのである。
結論から言えば、失敗したということだ。
──奏斗も自分を騙そうとした相手を好きになるなんてどうかしているわよ。
それを言えばわたしも同罪か。
今日ここへ来たのはその和馬と話をするためであった。
事情を知る義母より、用があって和馬が今日実家に寄ると言う話を聞いたから。
これから何があるかわからないのだ。事情を話して協力してもらう必要がある。それは花穂にとってとても勇気のいることであった。
深呼吸し、玄関のドアを開ける。
「ただいま」
「あら、花穂。約束通りの時間ね」
迎えてくれた義母に和馬の在宅を確認するとゆっくりと階段に足をかけた。
「花穂。後でお茶でもしましょう」
緊張しているのが伝わったのか、義母が優しく言葉をかけてくれる。花穂は振り返るとぎこちない笑みを浮かべ頷いたのだった。
今日、ここへ来ることは奏斗には話していない。
もし失敗した時に次の対策を感がるためであり、彼を巻き込みたくなかったから。
まずは和馬の誤解を解くところから始めなければならない。
上手く話しができるだろうか。以前はどちらかというと自分の方が立場は上であり、余裕もあった。
それが変わってしまったのは、自分が奏斗にコンタクトを取ったからである。
──もし、わたしが正直な気持ちを話していたなら。
あんな事件は起きなかったに違いない。
義弟の和馬が高等部卒業と共に家を出てからはすっかり疎遠になってしまっていた。それというのも、互いに腹に抱えているものがあったからに違いない。
重い気持ちのまま彼の部屋の前に立つと、かつて奏斗が好きだった曲が聴こえてきて花穂は息を呑んだ。
和馬は奏斗に影響を受け、奏斗は花穂に影響を受けたと言ってたことを思い出す。音楽の好みが変わっていった二人。
自分もまた同様に好みには変化をきたした口である。
まるで音楽から勇気を持った気持ちになった花穂は思い切ってドアをノックした。
明るい声で『どうぞ』というのが聴こえ、花穂は覚悟を決めてドアを開けたのだった。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
PCモニターを見ていた彼が振り返って花穂に問う。
「ええ。同じ大学なのになかなか会わないわね。そっちこそ、岸倉とはうまくいってるの?」
「お陰様で」
久しぶりに会った義弟は以前の華奢な感じではなく、しっかりとした体つきをしており男を感じさせる。
話してみると不安に思っていたことが一瞬で払拭された。てっきり彼が自分を憎んでると思っていたから、辛辣な態度を取られると思っていたのだ。
音楽の取り込みか完了したのか、彼はディスクを入れる部分を開けて中身を取り出すとケースにしまう。
PCに繋いだスピーカーからは音楽が流れたままだ。どう切り出すか迷った花穂はスピーカーに目を向ける。
「これ、奏斗が好きだった……」
「うん、返しそびれたCDだから」
話を切り出したものの、どうやら話題を間違えたようである。
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