4 欲情という名の罪悪感を抱いて

「んん……ッ」

 彼を奥に感じながらも、脳裏によぎるのはあの日の事。

 場所ここが良くないのか今日はいつにも増して思い出してしまうようだ。


 あの日、花穂の目の前で奏斗は和馬に凌辱された。そんな中、確かに自分は欲情していたのだ。

 そんな自分に対し、どうかしていると感じたもののその衝動を止めることはできなかったのである。


──わたしは奏斗としか、こういうことはしたことはないけれど。あの日が一番感じていたと思う。


 どんなに世界が変わって社会が変わろうが。

 意識改革が行われ、教育が変わろうが。

 やはりこの社会に男女の格差は根付いている。

 見た目や肉体的な構造が違う限り、どんなに環境や周りが男女平等としても根底は変わらない。一定数以上、”らしさ”を押し付ける人はいる。また、無意識にそうしている人もいるだろう。

 だが内なる中にも劣等感というものは存在する。

 どちらかと言えばそちらの方が厄介なのかもしれない。


──わたしは男には力では敵わない。

 だから、和馬が羨ましかったのかも。


 あの時の奏斗には恐怖と羞恥しかなかったかもしれないが、自分もあんな風に彼を欲情させ、善がらすことがことが出来たなら。

 今でも時折、そんなことを考えてしまうのだ。


 女性が男性に対しそんなことを思うのはやはり異常なのだろうか?

 しかし仮に異常だったとしても、これが自分なのだ。そんな自分と向き合い、これからもつき合っていかねばならない。


──こんな気持ちになるのは奏斗に対してだけなの。

 好きだからなのか……それとも奏斗にはそんなことを思わせる何かがあるのか。

 

「良くないの?」

「いいわ。とても」

 集中していないことが感じ取れたのか、彼がそう問う。

 彼は花穂のせいで自信を失ったと言っていたことを思い出す。安心させようと彼の頬を撫でれば、その手を握り込まれてしまう。

「何か別のこと考えてる?」

「別? どうかしら。少なくとも今わたしは、あなたのことを考えているわ」

 花穂の言葉に奏斗は困ったように眉を寄せ、苦笑いをした。

 それは一体どういう反応なのだろうか。


「あなたはとても不思議な人だと思うわ」

「不思議?」

「そう。自信家に見えて全くそんなことはないし、人から好かれることを自覚してはいても、それに対して嬉しいとは感じていない」

「他人は表面だけを見て人を評価しがちだ。そんなもの、嬉しくないだろ」

 世の中には人から好かれたい、モテたいという人は数多くいる。

 しかしそれは承認欲求を満たしたいという想いから来るモノかもしれないとも思う。そもそもモテる人はモテたいとは思わないものだし、モテたいと思う人は他人からどう思われるか考えるし研究もするだろう。

「俺が自信を無くしたのは、花穂が原因だってば」

「聞いたわ」


 自分から近づいてきて、肉体関係になっても『好き』の一言も漏らすことなく、契約の時が来れば簡単に離れる。

 つき合っている間は割と頻繁に会っていたにも関わらず。

 女性から求められれば、自分は好かれているのではないかと感じてもおかしくはない。相手が男性であればただの身体目的であっても不思議はないが。

 男女にはやはり思想の違いは存在する。

 もちろん女性の全てが好意から性行為を求めるとは限らなくても。


「奏斗だって好きとは言わなかったわ」

「それは……」

 きっと自分の気持ちに気づかないうちに終わりを告げたに違いない。

「意地悪だな」

 気落ちした表情でスッと視線を逸らす彼の頬を両手で包み込むと花穂はその唇を奪う。

「わたしのこと大好きなのね」

「うん」

 小さなことで一喜一憂する奏斗を愛しいと思う。

 彼の全てが欲しかった。その心を自分だけのものにしておけたならどんなにいいだろうと思ったのだ。

 そして今、欲しかったモノがここにある。

「わたしも、あなたのことが大好きなのよ」

 背中に腕を回し優しく抱きしめると、彼がふふっと嬉しそうに笑ったのだった。

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