4 過ちを繰り返さないでと願う

「こういうことするの、もう止めにしましょうか」

「なんで?」

「だって……」

 行為そのものが『愛美から受けている辛いこと』を思い出すスイッチとなるなら、奏斗にとっては辛いだけだろう。

 そう思っていると何かを察した奏斗に、花穂は縋るように抱きしめられた。

「奏斗?」

「俺は、相手が『花穂』だからしたいんだよ? 何も伝わってない?」

 震えるその身体を花穂は抱きしめ返す。


「じゃあ、奏斗はわたし以外とそういうことをすることについて、どう思ってるの?」

 今踏み込まなければ、前には進めないだろう。

 これは傷口を無理矢理切り開いてそこに手を突っ込むようなものだ。

 多大な痛みを伴う。だから本当はこんなこと問いたくない。

「したくないんじゃないの?」

 無言の彼。

 否定しないのは肯定と同じ。


 最初に望まない行為を強いたのは自分。

 愛美との未来を思い描いていた彼は、彼女に対し誠実でありたいと願った。その希望を花穂が奪ったのだ。

 だから彼は、愛美に対して罪悪感を持ちヨリを戻すことを拒む。

 贖罪しょくざいとしてその身を差し出す。

 そうやってボロボロになり、病んでいったのだ。


「したくないことはしなくていいの。そんなことは、強制されることじゃない」

「じゃあ、花穂はどうなんだよ」

 ああ、やはりそうなのだと思う。

「俺にはもう何も残ってないのに……」

 彼が持っていたいと願ったもの。

 それは誠実さであり、自尊心であり、自信なのだろう。

 自分を曲げた時点で、失われたもの。


「もう、黙って」

 花穂は唇を塞がれ、強く押し倒される。

 心の中でため息をつきおとなしくしていると花穂から離れた奏斗は、両手をついて切なげにこちらを見つめていた。その瞳から落ちる涙。

 その頬に手を伸ばし優しく包み込む。彼はその手に自分の手を重ねた。

「もう、どこへも行かせないから」

 

 離れたりなんてしないのに。

 離れる気なんてさらさらないのに。

 彼がとても好きだった。

 今だって好きでたまらないのに。


 あの日の自分を殴ってやりたいと思う。

 どうして好きだと言わなかったのか。

 どうして自分のことしか考えていなかったのか?

 どうしてもっと理解してあげようとしなかったのか。

 どうして……その手を放してしまったのか。


 傷つけることしかできなかったのに、こんな自分に彼から愛される資格があるのだろうか?

 こんなに後悔ばかりなのに、一緒に未来を歩いてもいいのだろうか?

 間違いだらけの過去。

 それでも自分は。


──奏斗と一緒にいたい。

 他にはなにもいらない。


「要らないと言われても、傍にいたい」

 花穂は奏斗を引き寄せ、覆いかぶさるその身を抱きしめる。

「言わないよ、そんなこと」

 教えてあげなければならない。いろんなことを。

 正さなければならない、過ちを。


「ねえ、奏斗。お願いがあるの」

「うん?」

「もう、他の人とこういうことはしないで欲しい」

 それは彼のため。

 愛美のことが気がかりなのか、しばらく間があった。

「もう誰にもあなたを触れされたくないの。お願い」

 したくないと言えないなら、束縛するしかない。

「わかった」

 渋々でないのが唯一の救い。

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