60 向き合うべきもの

「大丈夫か? 白石」

 週明けの月曜日。奏斗は大崎 圭一に声をかけられ、『大丈夫ではない』と答えようとして口を噤んだ。

 妹の風花に言われたことが脳裏を過ったからである。


『お兄ちゃん、男として情けないとは思わないの? いつまでもメソメソしてさ』

『いや、別にメソメソはしてない』

 反論するも。

『通夜みたいになっているのはメソメソって言うの』

 ぴしゃりと封じ込められてしまった。

『花穂さんは遠い空の向こうで一人で頑張ってるのに、お兄ちゃんがそんなんじゃガッカリされちゃうよ』

 ”花穂さんがいなくて寂しいのは、お兄ちゃんだけじゃないんだよ”

 ぽろりと転げ落ちた涙を風花は腕で拭う。

 妹にそんな情緒があったのかと驚きつつも、彼女の頭に手を乗せる。ごめんと言うように。


『ホント、なんでこんな男がモテるのか風花には理解できないんだけど』

『俺に言われてもな』

 誰彼構わず声をかけたこともなければ、思わせぶりな態度を取った覚えもない。

『花穂さんだって人間なんだから、そんな風に甘えてばかりいて心配させてたら幻滅されちゃうよ?』

『わかってるよ』

 花穂の好意に甘えている自覚はある。


『ところで、その手首どうしたの?』

『え?』

 風花に指摘され、思わず右手首を抑えた。

『これはなんでもな……』

『へえ。そういう趣味があるんだ』

 ニヤリと笑う風花が怖い。思わず後ずさる奏斗。

『なんで花穂さんがお兄ちゃんに夢中なのか謎だったけど、それなら手放せないね』

『な、何』

 風花は腕を組んでうんうんと納得している。

『プライド高そうな割には、いいなり男子だもんね。お兄ちゃんは』

 そこまで思い出し、奏斗は両手で顔を覆った。

 妹に『あれ』がバレるとは思っていなかったから。


「あれ? 白石、今日はバングルなんだ」

 離籍していたはずの古川こがわ ゆうがいつの間にか傍に立ち、奏斗の手元を見つめている。確かにいつもはシンプルなブレスレットをしていることが多いが、今日ばかりはそういうわけにいかなかった。

「ああ、そういう気分で」

 斜め後ろに座っていた圭一は腕を組み、黙って二人を眺めている。

「時に、白石くん」

 通路側に座っていた奏斗を無理やり奥に詰め、隣に腰かける古川。彼が『白石くん』と呼ぶ時にはロクなことは無い。

「な、何」

 狼狽える奏斗にニヤニヤする古川。圭一は呆れ顔だ。

「”本命に逃げられて可哀そうな白石くんは、今が狙い時”という噂が流れてるよ」

 古川の耳打ちに奏斗は吹いた。


「何、俺。ハンターさんにでも狙われているの」

「K学園のハンターさんたちにね。まあ、せいぜい気を付けて」

 愛美が聞いたら発狂しそうな噂である。もっともすでに彼女の耳に入っている可能性は否めない。

「で、そのバングルは何を隠しているのかな?」

「え」

 勘が良いにもほどがある。

 これは花穂との拘束プレイの名残。絶対に知られてはいけない。


『いいじゃない。愛しい彼女のお願いくらい、聞いてくれたって』

 ”しばらく会えなくなるんだから”と花穂は寂しそうな顔をして。

 しかし騙されてはいけない。そのお願いは【拘束プレイ】なのだ。

 たじろき、後ろへ下がる奏斗。しかし背後はベッドボード。後がないと思い彼女から視線を外したのがいけなかったのか。

『ちょ……』

 後ろを確認している隙に嵌められたのは玩具の手錠。玩具といってもしっかりした造りであり、鍵をなくしても外す手段があるくらいだ。

 ”なんでベッドボードが格子なんだ”と恨み言を言いたくなったが、彼女はそれを計算の上で奏斗を追い詰めたらしい。

『うん、最高!』

 嬉々として奏斗を見つめる花穂。

『どこがだよ……』

 奏斗はゲンナリしたのだった。


 どう誤魔化そうかと考えあぐねていたところに、別の人物から突然声をかけられてびくりと肩を揺らす奏斗。

「奏斗」

 相手を見なくても誰なのか分かる。

「ゆっくり待とうと思っていたんだけど、どうやらそれどころじゃないみたいだ」

 奏斗はドキドキしながら相手を見上げた。

 彼は今、自分が最も向き合わなければならない者。

 The beginning and turning point of everything.


 幸せの代償─the future with you─

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073935916419

 へ続く。

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【完結】第三の選択─Even if it's not love─ crazy’s7 @crazy-s7

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