第38話「そびえ立つ大魔王」

 山の頂に迫るほどの大きさの魔物などあっていいものだろうか。

 どのような攻撃を仕掛けてくるかわからないが、おそらくその質量だけで人間が築き上げた街など滅ぼしてしまうだろう。


 いかなる理由かしらないが、あの大魔王の足はかなり遅く。

 ゆっくりと、森の木々を避けるようにして山をそろりそろりと降りてきている。


 そのおかげで、大魔王が降りてくるまでに勇者パーティーやヨサクたちは、オルドス村まで戻ってくることができた。


「ギガントサイクロプスが出た段階で予想しとくべきやった……」


 魔女リタは頭をかかえる。

 サイクロプスという一つ目の巨人族は、神話の時代のティタンと呼ばれる巨人の神を祖としていると伝わっている。


 それが時代を経るにつけて力を落としていて、ただの巨大な魔物となったわけだが。

 ギガントサイクロプスが邪神の化身となったそれは、もはや神話の時代の巨人の神そのものと言っても過言ではないだろう。


 最後の魔王といったって、やりすぎだ。

 これまでの魔王とは格が違いすぎる。


 まるで、神話の戦い。


「あれが野に放たれれば、まさに伝承の通り世界の終わりじゃな」


 フィアナのばあさまが言う。


「一体、どうすれば」


 聖女クラリスがつぶやくのに、フィアナのばあさまは答える。


「クラリスよ。この地での戦いを選んだのには意味がある。この地は、邪神が封じられてた土地じゃ」


 つまり、この地こそが最も邪神の化身に立ち向かうのに、絶好の場所。

 最も強き神々の加護ある、人に活力を与える聖なる地といっても、過言ではない。


「フィアナ様、祈りましょう!」

「ああ、それで良いのじゃ。我らは、我らができることをするのみよ」


 聖耀の聖女クラリスは、祈りを捧げる。


「天神オーガスター様! か弱き我らをお守りください! 聖光絶壁ホーリーライト・ディフェンス


 医薬の聖女フィアナも、声を合わせた。


「天神オーガスター様よ! 我らか弱き人に癒やしと力を! 大光防護アークライト・プロテクション


 天神の力が、大魔王の足を止めて、戦士たちに力を与える。

 ギュンターが、死毒剣と紅王竜の牙の剣を抜剣して言う。


「フレア、二段構えだ。オレが足元で死毒を食らわすから、オマエが正面からやれ」

「わかった」


 強大な敵を弱らせようとする時、死毒剣はかなり効果的だった。

 しかし、毒で弱らすような真似があの相手に効くかどうか。


「リタは援護を頼む。あの相手に、小細工が聞くとは思えねえけどな」

「小細工で悪かったなあギュンター! ありったけの大魔法を撃ち込んでやるわ! 最上級獄火炎ハイグレート・エクスプロージョン!」


 魔女リタが、全身全霊で放った魔法の爆裂によって、戦いの火蓋は切って落とされた。


「フレア!」


 思わず、ヨサクは声をかけてしまう。


「先生! もう大丈夫! ボクがみんなを守るから!」

「ああ、俺も出来る限りのことはしてやるからな」


 そう言いながら、神剣が弱ったときに炭を補充するくらいのことしかできそうにないが、それでも出来ることを考え続けようとヨサクは思う。


「行ってくる!」


 勇者フレアはふわりと高く飛び上がって、まるで燃える炎を形にしたような赤く輝く神炎の剣シン・シールを握りしめて斬りかかっていった。


「これ、本当に効いてるのかよ! クソッ無視しやがって!」


 ちょこまかと動きまわって足を斬り刻むが、まるで鉄の塊を斬っているようでまったく刃が通らない。


「真にして神なる炎、神炎の剣シン・シール! 大魔王を焼き尽くして!」


 勇者フレアの一閃――。


 山のような巨体を相手に、赤き閃光はその全身を捕らえた。


「ガァアアアアアアアアアアア!」


 世界がふるえんばかりの叫び。

 一つ目の巨人の腕が、その閃光を跳ね除けた。


「まだまだぁあああああ!」


 二閃! 三閃!


 その斬撃は光となって、ギュインギュインと巨人の身体を斬っていく。


 四閃! 五閃! 六閃! 七閃!


 縦に横に斜めに、赤き閃光がほとばしるたびに、巨人が震える。

 この瞬間、山のように大きな巨人に比べて、豆つぶほどに小さく見える勇者フレアが、確かに撃ち勝っていた。


「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 苦しげに叫びをあげる巨人は、フレアに向かって拳を振り下ろした。

 それをフレアは、神剣で受けながら思いっきり地面に弾き飛ばされる。


 バンッ!


 地上に弾き飛ばされたフレアは、そのままの勢いで地面を蹴り上げると、まるで自身が一筋の赤き閃光となったようにして飛ぶ。


「だりゃぁあああああああ!」


 その攻撃は、巨人の弱点である隻眼を的確に貫いた。


 やったか!


 誰もがそう思った瞬間であった。

 その赤き閃光は、からくも巨人の腕によって受け止められていた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 そして、巨人の怒りの雄叫びとともに、フレアを握りしめた腕から紫色の電光が放たれた。


「きゃあああああああ!」


 神話の時代のティタンと呼ばれた巨人の神は、雷をつかさどっていたと伝わる。

 かつて神であった巨人の怒りの電撃が、フレアの身を焼き焦がしたのだ。

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