第2話「紅王竜」
ヨサクの耳に、スジャ! という肉を断ち切る鈍い音が聞こえた。
「えっ」
ヨサクを丸呑みにしようとした巨大なレッドドラゴンの首が、顔をかすめるようにして山の斜面をゴロゴロと転げ落ちていく。
目の前にあるのは、首を切断されたレッドドラゴンの身体だ。
「いたぁあ、なにこれ。たんこぶできちゃったよ」
燃えるような赤髪の少女が、頭をなでてやってくる。
その手には、ヨサクが投げた鉄の斧が握られている。
どうやら、ヨサクが投げた鉄の斧が、少女の頭に直撃したようだ。
それで怒った少女は、そのまま斧でドラゴンの首を叩き切ったのだが、ヨサクはそんなものを見ている余裕などなかった。
「な、な……」
しゃがみ込んでいるヨサクの眼の前で一瞬遅れて、ブッシュー! という激しい音とともにドラゴンの首から血が噴き出す。
当たり一面に、紅い鮮血がほとばしる。
その場にしゃがみこんでしまったヨサクは、言葉も出ない。
「……おじさん、大丈夫?」
ヨサクに手を差し出したのは、小さな赤髪の少女だ。
それは、若々しい少女にしては少し疲れているように感じた。
ともかくも、その手を握ってヨサクは起き上がって言う。
「き、君こそ大丈夫か。この場は俺に任せて早く逃げろ!」
今更ながら、そんな事を言って身構えてみたりする。
「何から?」
「ドラゴンからだ! 安心しろ俺が守るからな!」
ヨサクの考えは単純である。
小さな子供がいるのであれば、大人であるヨサクが守らねばならない。
たとえ、敵わぬまでも立ち向かって見せねば。
そう意気込むヨサクに、少女は笑いながら言う。
「
「倒した?」
誰が?
「だから、ボクが」
「えっ……」
何を言っているのだろうとヨサクは思う。
少女の出で立ちは、まるで猛犬にでも付けるような無骨で大きな首輪(そういえば、どこか子犬っぽい印象はある)に、申し訳程度の軽武装である。
手足も剥き出しで、駆け出しの冒険者でももうちょっとまともな格好をしているだろう。
とてもではないが、強そうな戦士には見えない。
そうでなくともこんな小さな背丈の女の子に、あのような巨大な竜が倒せるわけがない。
「空中でもみ合いになって暴走されたときには困ったけど、三日三晩戦い続けたかいがあったね」
三日三晩戦う?
ヨサクは、少女が言っている話がまったく理解できない。
その時だった。
「あ、あれ!」
ヨサクの目の前で、首を切られたドラゴンの巨体がまた動き始めた。
少女も振り返って言う。
「あー、まったくしつこいね。王竜はだからやなんだよ、首を切っても、まだ生きてるなんて。ちょっとまっててね。来て! シン来て!」
いつの間にか、少女の手に一振りの剣が握られていた。
それはまるで灼熱の炎そのものを剣身にしたような、赤く輝く剣。
少女は、歌うように言う。
「真にして神なる炎、
そうして、スッと赤く輝く剣を振った。
ビュゥイイン!
「うぁあああ!」
まばゆい光。
ヨサクの眼の前で、レッドドラゴンの身体が真っ二つに寸断された。
「まだまだ!」
さらに剣が振るわれる。
四つ、八つ、十六、三二!
少女が剣を振るうたびにビュゥイイン! と、奇妙な音とともに光が走り、ドラゴンの巨体がバラバラの肉片へと寸断されていく。
まるで、神話の中の光景だ。
ヨサクは、それをただ立ち尽くして見守るしかなかった。
「はぁ……はぁ……これで倒せたよ」
少女は荒い息をつきながら、その場にゆっくりと崩れ落ちようとする。
「大丈夫か」
ヨサクは、少女の身体を抱きとめる。
「ごめん。少し、休む」
ヨサクの腕の中で、あまりに無防備に眠る少女をどうしたものか、しばらく呆然としているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます