第3話「炭を食べる犬」

 ヨサクには何がなんだかよくわからないが、ともかく赤髪の少女に命を救われたことは確かなようだ。

 気がつけば、夜はすっかり更けている。


「寒そうだからなあ」


 ヨサクは無邪気に眠る少女の鎧を脱がしてやって、自分の毛皮の外套コートを布団代わりに巻いてやってとりあえず板の上に寝かせた。


「やれやれ、せめて藁でもあれば寝床にできたのだが……」


 ないものねだりをしても仕方がない。

 幸いなことに、ここは炭焼小屋があったところだ。


「ボロボロにぶっ壊れたとは言え、使えるものはまだ残っている」


 この炭は本当は売り物にするつもりだったんだがなあと思いながら、石を積んでかまどを作り、そこに火を起こす。

 ともかく、これで暖が取れる。


 鍋に水を汲んできて、かまどにかける。

 そこに山で拾い集めてきた野草になけなしの雑穀を入れて、粥を作り始める。


 あとは、これも山では貴重なものだが、疲れが取れるだろうからと塩を入れる。

 良い匂いがしてきた。


 情けないことに腹はなるが、ヨサクは粥に手を付けない。


「三日三晩、食事が取れなかったのだろうからな」


 ヨサクが食べてないとはいえ半日程度のことだ。

 我慢できないことはない。


「そんなことより、もう大丈夫だよな……」


 木片で松明を作り、そこらへんに落ちている竜の肉片を監視する。

 首を切られても歩き出したような化け物だ。


 もしや、肉片でも死霊のように動き出したりしないかと思ったが、その心配はないようだ。

 そうヨサクがホッとした瞬間、松明の灯りの先に大きな赤い犬が現れた。


「うわ!」


 ぬっと鼻先を近づけてくる赤い犬。


「くるるるる……」


 思ったより大人しそうで、鼻を鳴らしてくる。


「なんだ、脅かすなよ。どこから来たんだ」


 赤いたてがみの立派な犬だ。

 赤髪の少女にどこか似ているように感じる。


「くるるる……」


 当然ながら犬に言葉は通じないが、その哀れな鳴き声はお腹が空いているというのはわかる。


「うーん、なにか食べさせてやりたいが、お前にくれてやれるものがないんだよ。まさか、この竜の肉を食べたりはしないよね」


 聡明そうな赤犬は首を横に振るう。

 そして、ヨサクの持つ松明に鼻先を近づけた。


「おいおい危ないよ……」


 ヨサクは驚く。

 すっと、赤犬が松明の炎を吸い取ってしまったからだ。


「わおん」


 そして、もっとないのかと鳴く。

 驚くヨサクの後ろで、声が聞こえた。


「シンの餌は、燃えるものなんだよ。相当力を使ったから、お腹が空いてるんだ」


 ヨサクの外套を着ている少女が、いつの間にか起き上がってやってきたようだ。


「犬が、炎を食べるのか?」

「犬じゃなくて神獣。なんでこれが犬に見えるの! せめて、間違えるにしても狼とかでしょ」


「わおんわおん!」

「うーん、大きな犬にしかみえないけど。鳴き声も犬だし」


「くぅん」


 大きな赤犬は、その場でしょげかえってしまった。

 少女は、どこから突っ込んだらいいのやらと頭を抱える。


「ほら、見たでしょ、さっきの神炎の剣シン・シール。シンは、神獣に変化することもできるんだよ」


 ヨサクは、まったくよくわからない。


「君は、どこからきたんだい」

「王都から」


 王都といえば、このオールデン王国の王様がいるという大都会だ。

 この近くにあるヒルダの街から行っても、馬車や川舟を使って、ゆうに一ヶ月はかかるはずだ。


 田舎者のヨサクにとっては、王都の話もおとぎ話でしかない。

 しかし、星のように早く飛ぶ竜に掴まって三日三晩かけて来たというのならば、それも可能かと納得する。


「なるほど、都会の犬はすごいんだなあ」

「だから、犬じゃなくて神獣!」


 そう言ったとたん、少女の腹がぐーとなった。


「ハハッ、粗末な粥しかないが、腹が減ったなら食べるといいよ」


 ヨサクは木の器に、粥をついで出してやる。

 一口手を付けて、少女は言った。


「おいしい……」


 都会の人の口に合わないかと心配したが、よく考えれば三日三晩なにも食べてなかったというのだから。


「そりゃ良かった。口に入れば何でも一緒だからなあ」

「ううん、こんな美味しい料理食べたことないよ」


 ヨサクは褒めすぎだと笑う。

 こんなもの、ただ野草と雑穀を煮たものではないか。


 調味料の塩は山では貴重なものだが、海が近い王都では手に入りやすいはずだ。

 それどころか、都会の人は見たこともないごちそうを食べていると聞く。


 しかし、赤い瞳に涙を浮かべて喜んでいる少女が嘘をついているとも思えない。


「ふうむ、都会でも食うに困ってる人がいるというのか」


 モンスターに襲われて大変なことになっているヒルダ大森林の村々と同じように、王都も荒れているのかもしれない。

 それにしても……。


「わおんわおん!」

「この犬は、本当に火を食べるんだなあ」


 赤犬が、燃える炭を食べている。

 火が消えてしまわないように、炭を追加で入れるのが大変だ。


「シンが、物凄く美味しい炭だって喜んでるよ」

「わおんわおん!」


「そ、そうかあ。よくわからないが、この犬にも助けてもらったから、喜んでもらえてよかったよ」

「だから犬じゃなくて神獣だって! シンはすごい神剣なんだよ。けんけんで音は似てるけどさ」


「わおん!」

「よしよし、お利口さんな犬だな」


 ヨサクは、そうとばかりに吠える赤犬の頭をなでて可愛がってやる。

 もう神剣の神獣も、訂正するのを諦めたようだ。


 ゴロンとねっころがって、腹を見せたのでよしよしとヨサクはなでてやる。

 昔から、動物には懐かれやすいのだ。


 それは、神獣でも変わらないのだろう。

 神獣シンの腹を撫でながら、ヨサクは口ずさむ。


「巨大な竜の首を斧で落とす少女に、炭を食べる犬か……」


 森と山しか知らないヨサクがわからない不思議なことが、都会にはいろいろあるのだろうと思うのであった。

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