第4話「ないはずの寒さ」

 赤毛の短髪の少女は、少し躊躇しながら言う。


「ねえ、おじさんは本当にボクのことを知らないの」

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は、ヨサク・ヘイヘイホ。元Dランクの冒険者で、今はこの森で木こりをしている」


 少女も改まって言う。


「ボクは、神剣の勇者。フレア・ユウシャだよ。王都なら、ボクの顔は誰でも知ってるんだけどね」


 そして言ってしまったというように、フレアは苦笑いする。


「ふむ、そうか。フレアちゃんか」

「……ちゃんって、ボクは神剣の勇者だよ。おじさんも冒険者だったのなら知ってるでしょ」


「そう言われても、あんまり詳しくないな。勇者、どっかで聞いたことがあるような、ないような」


 実にぼんやりとした回答に、フレアはびっくりする。


「いやいやいや、ちょっと待ってよ。世界を救う勇者だよ! いま邪神の復活が近くて、どこでもモンスターが出てきたりして大変でしょ」

「それは知ってるんだが、そういう神話の伝承には詳しくなくて」


「神話って! 常識だよ!」


 ど田舎であるヒルダ大森林のオルドス村でも、モンスターが大量発生して大変なことになっている。

 ただ、それが邪神とかいうものの影響であることは初耳だった。


 まあヨサクが知らないのも当然で、このあたりの村には教会もないので邪神が復活しそうだとか、それに対して勇者が戦ってるとか、そういう情報があまり流れてこなかった。


「都会では常識なのか、勉強不足で済まない」

「じゃあさ、さっきの紅王竜をボクが倒したのは、どうだと思ったの?」


「王都の冒険者なら、ドラゴンくらい倒せるのかなって」


 フレアは絶句した。

 ちなみに、紅王竜はただのレッドドラゴンではない。


 ただのドラゴンであれば、勇者であるフレアが三日三晩死闘を繰り広げたりしない。

 紅王竜は、邪神の力の一部を取り込んて巨大化した王竜。


 邪神の化身であり竜族の魔王なのだ。

 先程フレアがそれを倒したことで、邪神の復活の阻止がかなり進んだ。


 ヨサクが神話の戦いと思ったのもあながち間違いではなく、重要な戦闘だった。

 本当にこのおじさんは、フレアがしてきた過酷な戦いのことを何も知らないのだ。


「もう、それでいいよ」


 そう思ったら、フレアは気が楽になった。

 勇者であるフレアを見る人々の目は、酷く冷たいものだ。


 好奇の目であればまだマシで、まるで人外の化け物を見るような恐怖の目、利用してやろうという狡猾な目。

 たまに同情的な目を向けてくれる人もいるが、それでもそこには分厚い壁がある。


「そうか、残りの粥も食べていいよ。熱いから気をつけてな」


 勇者であるフレアを守るといい、寒そうだと毛皮の外套コートをかぶせてくれ、自分が食べるはずだった食事を与えてくれる。

 こんな風に、暖かな目で見守られたのはいつぶりだろうか。


「美味しい……」


 だから、ただの粥がフレアには涙がでるほど美味しかったのだ。

 フレアは、初めて空腹を感じて飯を食べた。


 いつも何を食べても味がしなかったのに、ヨサクの粥は本当に美味しい。

 静かな夜だった。


 赤々とかまどで燃える炭。

 ここには丸太の椅子に腰掛けているフレアと、ヨサクと、神獣シンしかいない。


 誰も、フレアに戦えと強いる者はいない。

 ヒルダの大森林のオルドス村?


 さて、一体ここは王国のどのあたりなのだろう。

 おそらく、王都から北の果てにある地だが、オールデン王国の主だった地理を覚えさせられたフレアにも知らないほどの遠くに来た。


 あんなに激しい戦いで、成果もしっかりだしたのだ。

 あとほんの少しだけ、ここで休ませてもらってもかまわないだろう。


「ヨサクは寒くないの」


 勇者であるフレアは寒さにも強い。

 本当は、ヨサクの外套コートなどなくても平気なのだ。


「心配しなくていい、俺はシンが温めてくれるからな。ほんとにこいつはいい犬だ」


 すっかりヨサクに懐いた神獣のシンが、寄り添うようにして身体をくっつけているので寒くはなさそうだ。

 神獣の毛皮なのだから、それはもう極上のベッドだろう。


「そっか……」


 フレアは、ヨサクに寄り添うシンを見て、初めて感じるはずのない寒さを感じた。

 とても一人では夜を明かせそうにない。


「全部食べたら寝てしまうがいい。あれだけ戦ったんだ、きっとまだ休み足りないだろう」


 三日三晩戦っても、一時間も寝れば回復してしまう身体のはずなのに……。

 フレアは、そんなヨサクの声に深い眠気を感じて、神獣のシンと同じようにヨサクに身を寄せてその膝に寝っ転がって眠る。


「……ヨサクがボクの先導者マスターだったら良かったのに」


 そんなフレアの小さなつぶやきは、かまどの火を眺めながらうつらうつらしているヨサクは気が付かなかった。

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