第5話「必ずできる!」
本来、樹木に覆われた森の朝は遅いのだが、紅王竜の襲来のせいで山の中腹にはポッカリと空間が空いてしまったので日が昇るのが早かった。
「なんだ、起こしてしまったか」
ヨサクは、勢いの弱まったかまどに炭をくべて、お湯を沸かしているところだった。
「おはよう。何をしてるの、朝食の用意?」
ヨサクは、苦笑いを浮かべて申し訳無さそうに言う。
「実はもう、食べるものがないんだ」
ヨサクが持ち歩いている保存食の雑穀は一食分しかなかった。
あとは、野草が少し残っているが、こんなものではあまり腹の足しにはならないだろう。
それでも、お湯だけでも腹に入れておくと空腹が紛れるので、こうして湯を沸かせているのである。
「あのさ、なんで紅王竜の肉を食べないの?」
「え、あれ食えるのか。魔物の肉だぞ?」
なんと、ヨサクは龍の肉が食べられるのを知らなかった。
竜は捨てるところなしと言われ、鱗や皮は高級な防具に、その肉は高級食材として扱われている。
「毒竜でも、毒袋さえ処理すれば美味しく食べられる……って、言われてるくらいだよ」
最後、ちょっと自信がない感じだったのは、食事を楽しんだことがないフレアが料理というものをしたことがないからだ。
「そうか、そうと聞けば食べてみよう。実は、お腹が減ってたまらなかったんだ」
「ボクも食べてみたい」
そこらに落ちている紅王竜の肉片は、包丁で切り取られたみたいに綺麗な断面をしていた。
拾い上げてから聞く。
「でも、俺も食べていいのか」
「なんでさ」
「だって、これはフレアが取った獲物だろう」
獲物を猟ったものに権利がある。
冒険者のみならず、猟師でも常識である。
「全部あげるよ、だってボクは肉があっても料理なんてできないし……」
「そうか、それは助かる」
フレアにも食べさせるからいいだろうと、ヨサクはナイフで肉を薄切りにして鍋に入れる。
まずは毒見だと、そのまま湯通しして口にしてみる。
「美味い、塩も入れてないのに!」
スープの方はと、木の匙を入れて一口。
「美味い! こんな小さい肉片でこの味わい!」
まさにうま味の塊、高級食材とはこのことか。
身体がポカポカと温まってくる。
「食べたい」
フレアが、ダラダラとよだれを垂らしている。
「ああ、これはいかん! 毒はないようだから、フレアの分もいま煮るから……いや、待てよ」
鍋もいいが、これならば!
ヨサクは、炭を足してガンガンに火を起こす。
「わおんわおん!」
隣で神獣シンが、火をよこせと言ってくるが、ちょっと待って欲しい。
ヨサクはシャッシャと木片を削って木の串を作る。
そして、厚切りにした紅王竜の肉をさして、かまどに設置。
ジュウジュウと美味しそうに焼ける肉に、塩をひとつまみさらりとかける。
「ほら、フレア。食べてみてくれ」
もう待ちきれないと言ったフレアは、肉に思いっきりかじりついた。
「美味しい! こんな美味しいの食べたことない!」
フレアの顔が美味しさに蕩けている。
勇者といっても、こう見ればただの子供だなとヨサクは嬉しくなる。
「よし、俺も食べてみるか。うんま!」
ヨサクが食った中で一番美味い肉は、どんぐりを食べまくって脂の乗り切った秋のイノシシの肉だった。
だが、紅王竜の肉はその十倍も美味い。
しかも、食べたとたん身体中がぽかぽかになって元気になる。
とてもお腹が減っていることもあって、ヨサクは木の串を作ってどんどん焼いていき、うんまいうんまいと二人して山盛りの肉をぺろりと食べてしまった。
「美味しかった」
「ああ、全部食べてしまった。できれば、村の人達にも食べさせてやりたかったんだが」
「肉は、まだそこら中にいっぱいあるよ。持っていけばいいじゃない」
「いや、それはさすがに悪いよ」
食べてしまってから、ヨサクもその肉の価値に気がついたのだ。
街で買えば、きっと高価なものに違いない。
「ボクが持っててもしょうがないよ。だって、ヨサクみたいに上手に料理できないもん」
「いやいや、料理なんて大したことはないだろ」
料理なんて大層なものでもない。
ただ肉を鍋で煮たり、木の串に挿して焼いただけだ。
「ボクにはヨサクみたいに上手にできない」
「やってみれば簡単だって、ほらこの木をナイフで削ってごらん」
ヨサクは、人にものを教えるのは得意だった。
言われればフレアも素直にやろうとするのだが……。
シュパン!
フレアが、木の枝をナイフで削ろうとした瞬間、切断された枝がヨサクの顔を高速でかすめて飛んでいき。
近くの岩に突き刺さった。
「ど、どうなってるんだこれ……」
どうすれば、石に木が突き刺さるというのだ。
眼の前で起きたことながら、誰かに話しても信じてもらえないだろうなと思う。
ヨサクは刺さった枝を引き抜こうとしてみたが、まるで釘で打ち付けたみたいに引き抜けない。
「ね、ボクがなんかしようとすると危ないから、何もするなって言われるんだ」
ううーんこれは手強いぞと、ヨサクは悩んだ。
だが、一度教えようとしたことを諦めては、フレアを見捨てることになってしまう。
「俺に任せろ。なんとか、最低限の料理ができるように教えて見せる!」
こう見えてヨサクは、冒険者ギルドで新人研修も担当した経験もあるベテランだ。
戦闘面ではあまり強くないが、サバイバルや雑用はたくさんやってきたのでスキルに自信がある。
ヒルダの街では、持ち前の人の良さからあらゆることを安請け合いして何とかして見せることから『奇跡のヨサク』と呼ばれているくらいだ。
「ほんとに大丈夫?」
「俺に任せろ! 必ずできるようになるから!」
不安そうにするフレアに、とりあえず根拠のない自信を持ってできると言い切る。
そして、言い切ってからなんとか方法を考えるのが、いつものヨサクのやり方であった。
「くうんくうん」
気がついたら、神獣シンが足に鼻先をこすりつけている。
「ごめんごめん、シンが先だったな。すぐ用意するよ」
慌てて、かまどに炭を追加して炎の神獣に火種を食べさせるのであった。
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