第11話「オルドス温泉」

 オルドス村にある温泉は、知る人ぞ知る秘湯である。

 昔から矢傷や病に効くと言われ、美容健康にも効果がある。


 辺境にもモンスターが少なかった時代においては観光源にもなっていたが、今のように邪神の復活が近くモンスターが活性化している時期には訪れるものもなく無用の長物であった。

 しかし、風呂に困らぬというのはありがたいこと。


 温泉施設は比較的綺麗に整備されており、男湯と女湯にしっかりわかれてもいる。

 だから、ヨサクも安心して温泉に入れるはずであった。


「なのに、なんでお前たちこっちにきてるんだ」

「先生と一緒に入りたいから」


「わたくしはまだ十四歳で子供だから、大丈夫ですわ」

「全然大丈夫じゃないだろ。脱ぐな!」


 何度も言うようだが、シャルロットはウサギ獣人なので人族より成長が早い。

 胸もお尻も発達しており、完全に大人だ。


 特にそういう取り決めはないのだが、獣人の成長は人族より、二、三歳早いと見ていいだろう。

 ヨサクが他の小さい子供たちと風呂に入っていると、自分も子供だから大丈夫というアウトな理由で入ってこようとするので困っているのだ。


「わたくしお母様と同じ、Fカップになりましたのよ。見てください、もう大人ですわ」


 ぽんぽんと脱いでしまって、下着姿のシャルロットが見てくださいといわんばかりにヨサクにすり寄ってくる。


「シャルロット、お前は都合よく大人と子供を使い分けるなあ」


 ヨサクがあと十年若ければ、シャルロットの輝くような裸体を見てもドキドキもしようが、枯れたおじさんなのでなんとも思わない。

 なりだけは大きくなったが、まだ子供である。


 おおらかな田舎に育っているせいであるが、恥ずかしがらずにさっさと脱いでしまうあたり色気がなさすぎる。

 後は、シャルロットが何気なく言う母親も一年前に亡くなっているのを知ってるので、聞いてる方が少し寂しい気持ちになってしまう。


 村では一番のお姉さんなので気を張っているだけで、まだ大人に甘えたいだけなのだろうなとヨサクは思う。

 そんな様子を見て、フレアもそういうものかと気にせず脱いでしまった。


「ボクも、先生と入る」


 フレアはというと、身体も小さければ胸もお尻も薄いので、子供扱いで一緒に入っても悪くはないのだが、そこにシャルロットが尋ねる。


「勇者フレア、あなた何歳ですの?」

「今年で十五」


 子供っぽく見えるが、こちらは一応成人であった。


「ととと、年上! もう大人じゃありませんの! ダメですわよ! 淑女の慎みを持つんですのよ」


 それは、お前が持てシャルロット。


「シャルロット、俺は一人で疲れを癒やしたいから、フレアの面倒をみてやってくれ。大人のお前なら、任せられる」


 シャルロットは、単純である。

 そうおだてられてば、にんまりと笑って言う。


「仕方がありませんわね。じゃあ、フレアに淑女の温泉の入り方を教えてあげますわ」


 そう言ってシャルロットは、フレアの手を引いてバタバタと女湯の方にいってしまった。


「やれやれ」


 ヨサクは服を脱ぐと、石造りの大浴場へと入っていく。

 ほんの少し前は観光地だったので、村の規模に不釣り合いなほど立派なものだ。


 外には露天風呂すらあるのだが、そこまでは整備が行き届いておらず使われていない。

 かけ湯して山を駆けずり回ったホコリを落として、ゆっくりと湯船に浸かる。


「はぁ……」


 心の底から疲労が抜けていく。

 この村を復興させようとする理由のいくぶんかは、この温泉かもしれない。


 至福の時を味わっているときだった。


 バッシャン!


 湯船になにか飛び込んできた。

 一瞬、シャルロットかと思ったが……。


「わおん!」

「ああ、シンか。かけ湯してから入るんだぞ」


 ヨサクにはでかい赤犬にしか見えない、神獣のシンだった。


「わおん! わおん!」

「湯が溢れるから、わかったわかった。俺が身体を洗ってやるからな」


 炎を司る神剣であるシンには、火山の熱で温まっている熱い温泉は心地が良いようだった。

 神獣であるので、その艶やかな毛並みには汚れなどないのだが、これも気分の問題だろうとヨサクはシンを洗ってやる。


 すると、心なしか毛並みの輝きが増したような気がした。


「わおんわおん」

「そうか、気持ちが良いのか。うわ! ハハハッ!」


 神獣シンが、ブルブルと震えるとあたりにお湯が撒き散らされる。

 どうせ、お湯はいくらでも山から湧き出してくるのだ。


 石造りの湯船からお湯があふれるのも構わずに、ヨサクはシンと温泉に入って戯れるのだった。


     ※※※


 女湯では、またシャルロットが騒いでいた。


「まぁ! なんで石鹸なんて高価なものを持ってますのぉおおおお!」

「お風呂ならこれでしょう」


 フレアの持っているマジックバックには、生活必需品が入っているのだ。


「マルシア産のオリーブオイルの石鹸、ブランドものじゃございませんの!」

「使ってもいいよ」


 よだれをたらさんばかりに、シャルロットが迫ってくるので、フレアは少し引きつつ石鹸をあげる。


「これから街に行くから、綺麗にいたしましょう」


 こう見えて、シャルロットは面倒見がいい。

 ヨサクに面倒を見ろと言われたこともあって、フレアの身体も洗ってあげる。


「このクッソ邪魔な首輪は取らないんですね」

「それ、取れないんだよ」


 無骨な首輪を見て、フレアは形の良い眉根をよせる。


「ふーん、何かしら事情がありそうですわね。女心に鈍いヨサクは気がついてないんでしょうけど」


 女心とは関係ないような気がするのだが、ヨサクが鈍感なのはそのとおりだ。


「先生と入りたかったんだけどな」


 そんなボヤキを無視して、シャルロットはフレアの赤い髪を泡立てた石鹸で綺麗にしてやる。


「バリバリじゃございませんの。女のコはもっと髪を綺麗にするんですのよ」

「シャルロットは、先生のことが好きなの」


 そう言われて、ピタリと手を止める。


「好き……そうですわね。わたくしは、そのようには考えておりません」

「どういうこと?」


「わたくしの領地を復興するのに、ヨサクと結婚するのが一番いいのですわ。みんな死んでしまったから、早々に子孫も増やさねばなりませんの」


 獣人の特徴なのだろうか。

 シャルロットは、いちいち言うことがたくましい。


「じゃあ先生じゃなくても、いいじゃないか……」


 なんとなくフレアは、最初に会った時からシャルロットが気に食わない。

 フレアの頭を洗ってくれるのはありがたいが、さっきから背中にあたってる大きな胸も気に食わない。


 シャルロットとヨサクが仲良くしてるのも気に食わない。


「そういうフレアこそ、ヨサクが好きですの?」

「……わかんない」


 シャルロットは、またフレアの髪をわしゃわしゃ洗い出して言う。


「いいですわね、淡い恋バナ。わたくしの領地も、盛り上がってまいりましたわ!」


 どうもシャルロットは、相手の話を聞いてるようで聞いてないというか。

 なんかフレアは茶化されて、上手くかわされてしまったような気がした。


 シャルロットが、フレアの髪をお湯で流す。

 すると、今度はフレアが「髪を洗ってあげる」とシャルロットの見よう見まねで、豪奢な銀髪をわしわし洗い始めた。


「ちょっと、力が強すぎましてよ! いてぇですわ!」

「ごめん」


「女の髪は繊細ですのよ! わたくしが洗い方を教えてさしあげますわ」


 なんだかんだで、仲良くなった二人である。

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