第10話「焼肉パーティー」
ヨサクたちが村の広場にいくと、巨大な紅王竜の骨付き肉はほとんどなくなっていた。
「うんめえ! うんめぇですわぁああああ!」
物凄い勢いで一番肉を焼き、一番肉を食ってるのは小領主シャルロットである。
ガツガツとかぶりつくその浅ましい姿をみて、フレアはこれ貴族の娘じゃないと思う。
「シャルロットお姉ちゃんズルい」
「血湧き肉躍る、弱肉強食の世界ですわぁあああ!」
やっぱり、これ絶対貴族の血筋じゃないとフレアは思う。
シャルロットが一番食ってはいたが、みんな育ち盛りの欠食児童たちなので、凄まじく食欲旺盛である。
焼肉の匂いに誘われて、オルドス村のほぼ全員が広場に集まっていた。
いい機会なので、ヨサクはフレアに村の住人を説明していく。
一番年長のシャルロットを入れて十六人の子供と、この場にいないフィアナのばあさまを数に入れて三人の老人たち。
それにヨサクで、総勢二十人がこの村の全てだ。
昔は、これでも林業が盛んであり、山から湧き出る温泉も有名な二百人を超える人口の大きな村だったのだ。
それが、モンスターの襲撃で一気に村の人口の三分の一が失ってからが酷かった。
もともと貧乏貴族でろくな防衛力がなかった小領主ルーラルローズ男爵家は、モンスターに襲われて屋敷が半壊してシャルロットを残して全員死亡。
もはや、村に残っても死ぬだけだというのが誰の目にも明らかだった。
そこで逃げられる者は、防壁で守られたヒルダの街に次々と逃げ去った。
オルドス村に残ったのは、いま欠けた歯でなんとか肉にむしゃぶりついている老夫妻ロージンとオバンナ。
そして、モンスターに親を殺されて身寄りのない何人かの孤児だけであった。
よその村も、だいたい似たような事情で荒れ果てている。
おそらく、ベテラン冒険者であったヨサクが罪滅ぼしにオルドス村を復興しようなどと考えなければ、とっくの昔に全員死んでいたに違いない。
一人で村を立て直そうと奔走するヨサクに、小領主の娘シャルロットが希望を見出し、寄せ集めのメンバーでこの一年なんとかやってきたのだ。
そこに薬師であり有能なアドバイザーでもあるフィアナのばあさんが加わっていたため、なんとか村の機能が保ててるというのが現状である。
ちなみに、畑を耕す人員も不足しており食べるものに常に困っているものの、衣食住の食以外はなんとかなっている。
逃げ出した村人たちも、そこまで持っていくのに気がとがめたのか、荷物になるから持っていかなかったのか。
まだ崩れていない住居に、亡くなった村人の衣服や日用品が多く残っているのが不幸中の幸いであった。
もちろん村のものは全部領主のものという理屈で、シャルロットは遠慮なく活用している。
「というのが、今のこの村の現状だ」
「先生の説明、わかりやすい」
ちなみに、先程シャルロットにヨサクがまた子供を拾ってきてと怒られていたのは、食べ物を探してこのあたりをうろうろしているのに、かえって食べ物を減らす口になる孤児たちを他の村から拾ってくるからである。
畑を耕す労働力にはなるが、いかんせん小さい子供ばかりなので、生産量より食料消費のほうが大きい。
しかし、それをもう一度元の場所に捨ててらっしゃいとは、さすがにシャルロットも言えない。
優しいというよりは、自分が住民を保護する立場である小領主だということを、こんな状況になってもまだシャルロットは誇りとしているからであった。
そして、ヨサクの言われるままにフレアが出した肉のおかわりもたいらげて骨までしゃぶったシャルロットが、いまさら貴族令嬢らしく口元をハンカチーフで拭って言う。
「勇者フレア。先程聞いたのだけど、この紅王竜の遺骸の権利は全部ヨサクに譲ってくれるという話ですってね」
「はあ……」
フレアは、生返事で答える。
ヨサクに譲るとは言ったが、なぜこのエセ貴族令嬢が出てくるのか。
「お礼なんかいいませんからね。聞いたところによると、あなたはうちの村の貴重な財産である炭焼き場を破壊したっていうじゃありませんの」
ヨサクが、横から口を挟む。
「それは、仕方がなかったから」
「あなたは黙っててくださいまし、この竜の遺骸は正当な賠償としてわたくしが受け取りましてよ」
「ちょっとまった、ボクは先生にあげるっていったんだ!」
「ヨサクのものは、未来の妻であるわたくしのものでもありますの!」
フレアが、ぎょっとして紅玉の瞳をひん剥く。
ヨサクが慌てて訂正した。
「いや、妻とかはシャルロットが勝手に言ってるだけだから」
「この村で適齢期の男性といえば、ヨサクしかいないではありませんか」
シャルロットは、青みがかった瞳を怪しく輝かせて、ヨサクを見つめる。
ウサギ獣人の血筋であるシャルロットは、若くから豊満な体つきで多情の気がある。
「いや、シャルロットまだ未成年だよね」
「もう来年にも成人しますわ」
ちなみにこの世界の成人は十五歳なので、シャルロットは十四歳ということになる。
今更嫁取りなど考えてもいないし、領主の夫などになる気もないヨサクは呆れたように言う。
「未来の夫なら、シャルロットと同世代の子がいっぱいいるだろ」
ちなみに、竜の血肉は精力剤としても用いられており、食べ過ぎると元気になりすぎる困った効用もある。
近くでバクバク肉を食べていたロージン、オバンナの老夫妻も、元気もりもりになっており。
「おおお、曲がった腰が治ったわい!」
「おじいさん若返りましたねえ」
「ばあさんも肌つやつやじゃないか。綺麗になったのう」
「あら、やですよおじいさん」
などと、まんざらでもない盛り上がり方をしている。
思春期の少年少女にしても、強すぎる竜の気は少し刺激が強すぎる。
「ちょっと、ボクの先生に色目を使わないで!」
カチンときたフレアが、ヨサクに怪しく迫るシャルロットとの間に割って入った。
「あら、短い間にずいぶんと仲良くなったんじゃありませんこと!」
「お前には関係ないだろ」
すでに、シャルロットに対してお前呼ばわりになっているフレア。
二人はバチバチと睨み合って火花を散らしている。
そこに、シャルロットの頭を後ろからコツンと小突く老女がいる。
フィアナのばあさんだった。
「これシャルロット。お主の言いたいことは違うじゃろ」
「そうでした、わたくしの言いたいことはこれです」
シャルロットは、先程までぺろぺろ舐め回していた竜の骨を持って言う。
ヨサクが尋ねる。
「骨がどうかしたのか?」
「ふふふ、わたくしのとんでもない商才に聞いて惚れ直してくださいませ」
やたらもったいぶっているシャルロットに呆れて、フィアナのばあさまが変わっていう。
「竜の遺骸は捨てるところなしというんじゃ。肉は食ってしまうにしても、硬い骨、爪、牙、鱗はヒルダの街にでも持っていけば高値で売れるじゃろ」
「フィアナのばあさま! 今からわたくしが教えてさしあげようとしたのに、なんで先に言ってしまうんですの!」
したり顔で説明しようとしたのに、出番を取られてむくれるシャルロット。
「はぁ、小娘どもがかしましくてかなわんわい。商売の話の前に、お前たちは風呂にでも入って頭を冷やしてこい」
その間に竜の素材は商品として売れるように整えてやるからと、フィアナばあさまはフレアから竜の遺骸を全て預かる。
切り分けるとまた肉がたくさんできるので、焼肉パーティーはまだ続きそうだ。
シャルロットに奪われてあんまり食べられなかった子もお腹いっぱいになるだろう。
そして、ヨサク、フレア、シャルロットの三人は追いやられるようにしてオルドス村の自慢である温泉へと向かうのだった。
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